一昨日、昨日と、横浜DeNAベイスターズに所属し(そこそこ)活躍した加賀繁投手、後藤武敏選手の引退セレモニーが横浜スタジアムで行われたのですが、それが今ネットでも話題になっています。
たとえば後藤武敏の引退セレモニーは昨日行われたばかりですが、YouTubeにその様子をアップした動画は翌日昼の段階で33万回再生され、現在の日本のYouTube急上昇ランキングでは2位まで上がってきています。
スクリーンショットはYouTube急上昇ランキング(2018年9月23日13:30時点)より
横浜DeNAベイスターズが公式InstagramにUPした投稿もたくさんのいいねを集めているようです。(なおゴメスというのは後藤武敏選手の愛称です)
「球団の看板」だったわけではない選手の引退セレモニー
今回の加賀・後藤という選手は、ある程度のプロ野球ファンでなければ知らない名前ではないかと思います。たしかにそのとおりで、この二人は必ずしもチームの看板を背負ってきた選手というわけではない。
プロ野球選手の引退セレモニーといえば、1974年に長嶋茂雄さんが引退式で語った「我が巨人軍は永久に不滅です」という言葉が有名です。
長嶋さんのものが代表的なように、基本的にプロ野球選手で引退式をやってもらえるのは、「その球団で看板を背負ってきてファンにも愛されている選手」なわけです。
その意味でいうと……加賀繁は基本的には右のサイドスローを武器にする中継ぎ投手で、ワンポイントリリーフで起用される場合も多かったですし、たとえば10年とかの長期にわたって活躍できたわけでもない。後藤武敏はもともとプロ入りは西武で、トレードで横浜に来て、主な活躍の場は「代打の切り札」でした。
つまり、二人ともあくまでも主役ではなく「いぶし銀」タイプの選手なのです。こういう選手の引退セレモニーを、これほど大々的にやるというのは、横浜DeNAに特徴的な手法だと思うわけです。
加賀・後藤の野球人生を振り返るVTR、どこがどう優れていたのか
たとえば加賀繁投手に関しては、「ヤクルトの主砲バレンティンに強い」ということがネット(というか「なんJ」)を中心にファンのあいだで鉄板ネタになっていたわけですが、彼の引退セレモニー時に流れた野球人生を振り返るインタビューで、バレンティンが出てきて加賀にコメントするんですね。ここで、その文脈を知っているファンは滂沱の涙を流すわけですよ。
で、お世話になった指導者や同僚、ライバルである他チームのバレンティンにもわざわざ取材してくるという、工数のかかり具合がすごい。「球団は心を込めて作ったんだな」ということが加賀自身にも、球場にいた人、中継を見守っていた人なら誰でも伝わるわけです。
後藤武敏選手の場合、松坂大輔と横浜高校でチームメイトで甲子園春夏連覇の立役者となった選手でもあるわけですが、花束贈呈のときに松坂(と、これも横浜高校春夏連覇メンバーだった小池コーチ)が出てくる。
ちなみに僕が初めて後藤選手を見たのはちょうど20年前、1998年夏の神奈川県予選@横浜スタジアムでして、当時通っていた中学が中高一貫だったので高校生の公式戦を見に行ったのです。そのとき僕の学校は3回戦まで勝ち進んでいたのですが、ここで横浜高校と当たった(不運ですね……)。その年の春の選抜は横浜高校が優勝していて、その強さはバッチリ知っていたので「松坂見に行こう〜!」みたいなノリでした。
で、もちろん松坂は当然温存されていてライトにいました。初回に横浜高校がノーヒットで1点取ったのが記憶に残っています(強豪校はそういうところがすごい)。その後も横浜高校は着実に得点を重ね、最後は後藤武敏が5回10点コールド勝ちを決める「サヨナラコールドホームラン」。「松坂は出てこなかったけど後藤すげーーー!!!」と強く記憶に刻まれたわけです。
でまあ、そうやって長年野球を見ていると文脈がめちゃめちゃわかるので、後藤の引退セレモニーに松坂が出てきたらボロボロ泣いてしまうわけです。
横浜DeNA球団のこういう演出は「心憎い」という表現が本当によく合うわけですが、「わかりやすさ」を重視するよりも、長く野球を見ているファンにこそ届くようなものになっている。そして、文脈を知らない若いファンに対しても「長く野球を見ていると感動できるよ」というメッセージになっていると思うんですね。つまりここには、映像やイベントの演出ひとつとっても「長い目でファンを育てる」という意識が強くある。
2年前の三浦大輔の引退イベント。それは素晴らしかったが……
これで思い出すのは、2年前に「ベイスターズの象徴」である三浦大輔投手が引退したときのことです。
このときは「永遠番長」というキャッチコピーのポスターが横浜じゅうに貼られ、マスコミ的なキャンペーンになっていたのですが、同語反復を恐れずにいえばこれって「ちょっとマスコミっぽかった」んですね。
三浦大輔という投手は本当に偉大ですし、僕も大好きなのですが、このときのキャンペーンには若干の違和感を感じました。
横浜市民には三浦大輔を知らない、DeNAベイスターズに興味のない人もたくさんいますし、その人たちに「ねっねっ、横浜市民なら三浦大輔は知ってて当たり前だよね?」というウザがらみになっていた気がするんです。いまは野球がメジャースポーツじゃないんだから、いまだにメジャースポーツな顔して来られると反発を招きかねない。
もちろん引退セレモニーも、野球人生を振り返るVTRもめちゃくちゃよかった。ただ、ちょっと「マスコミのキャンペーン」っぽすぎたとは思うのです。
その点、今回の加賀・後藤の場合は、マスメディア的な打ち出しではなく、どちらかというとネット文脈を踏まえ、かつそこを重視したものになっていて、だからこそ今、これだけの反響を呼んでいるのだと思っています。
「横浜ベイスターズ」時代の失敗と『4522敗の記憶』
番長の引退時のイベントのやり方をちょっとDisりましたが、でもこれは前身のマルハ時代、TBS時代の「横浜ベイスターズ」と比べると格段に進歩していて、本当に感慨深いものがあります。
熱狂的なベイスターズファンとして知られるスポーツライター・村瀬秀信さんの2013年の著作に『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史』というものがあります。今は文庫版も出ていて、これはマジでスポーツノンフィクションの金字塔なので、横浜ファンにかぎらず全日本国民に読んで欲しい本なのですが……。
この本でもっともクリティカルに指摘されていたことは何か。それは僕の解釈でいうと、
「横浜という球団は人を大切にしてこなかった」
「それが暗黒時代を招いた」
ということでした。
1998年の日本一の立役者、マシンガン打線の中核を担い、ともに2000本安打を達成した名選手である石井琢朗、駒田徳広の二人は、ほとんど追われるように球団を後にしていきました。
あれだけの功労者であるにもかかわらず、それ相応のことをしてあげない。そういう細かなことの積み重ねが、球団と選手、そしてファンのあいだに溝を生んだ。それが2000年代の大低迷期を招いた。
選手や監督コーチの編成と同じぐらい、いやもっと大切なことがある。地域で愛される球団になるためにはどうすべきか。そういうことを非常に考えさせられる書籍でした。
オーナーがDeNAに変わったのは2012年シーズンからですが、横浜DeNA経営陣は当然、この本を読んだと思うんですね。DeNAになってから数年経って、はっきりと功労者に対する待遇は変わり、球場内にも彼らを顕彰するようなモニュメントが作られたり、「レジェンドマッチ」のようなイベントも開催されるようになりました。
スポーツノンフィクションと「現実」の好循環、知性を活かすということはどういうことかという側面でも、非常に意義ある著作だったと、今振り返ると評価できると思うのです。
横浜DeNAの長期的な視野に立った経営ビジョン
で、今回の加賀・後藤の引退イベントを間近で見た対戦相手の中日ドラゴンズの選手たちも、思うところがあったはずだと思うんですね。
もちろん、DeNA経営陣のやっていることは「エンターテイメント」であり、商売でもあるわけです。でも、こういう扱いを受けて、悪い思いをする選手はいないはずです。
「誰が見てもわかる功労者でなくとも、こういうふうに選手を大切にしてくれるんだ」という球団だということが広く知られるようになれば、「こういう球団に入りたい」と思う選手は増えるでしょう。それがドラフト戦略やFA戦略にも好循環を及ぼし、チーム強化にもつながる。今年、阪神から加入した大和選手などは、そういった球団戦略が奏功した補強だったのではないかとすら思います。
そして、スポーツは勝ち負けにこだわるからこそスポーツなんだけれど、「勝ち負けではない」というところもある。歴史、文脈、背景を知ること。そのことでスポーツはもっと面白くなる。若いファンにも、そういう視点を持って、長く球団を愛してほしい。
そういう方針を持ち続けることができれば、今や人気球団の仲間入りを果たした横浜DeNAは、これからさらに愛されるチームになっていく。それが観客動員にもつながる。
これが、今の横浜DeNAがやっている「人を大切にする」経営戦略ではないかと思うのです。
おまけ:松坂大輔は今後、絶対に面白くなる
さて、最後におまけです。
実は「引退」イベントに関しては、華々しくやるのって個人的にはそこまで好きではありません(新庄剛志のように、「若く実力を残した状態で、最後は日本一で引退」も、まあかっこいいですが、ヤツは特別です)。
一般的に思われるような「かっこいい男の花道」は本当にかっこいいのか。
今のイチローやカズのように、何が何でも、どんなにかっこ悪くても現役にこだわる姿のほうが、僕はなんかかっこいいと思うんですね。
そう、あのスーパースター松坂大輔はどうなるのか。日本に戻ってからの3年間、ソフトバンクで高年俸をもらいながら1試合しか登板できず、中日に「拾ってもらった」松坂は。
今回の後藤の引退セレモニーで松坂の一挙手一投足に注目して見ていました。うまく言語化できないですが、彼はここからまだ何かをやるはずです。
もちろん今年すでに6勝を挙げており、おそらくカムバック賞を受賞するでしょう。
後藤の引退セレモニーに対して、松坂は最初は飄々としていました。でも後藤に花束を渡す段で号泣。この下りも良かったのですが、中日ベンチがほぼ全員引き上げるなか、後藤が場内をオープンカーに乗って一周するのを松坂は最後まで見守っていました。
そのときの表情は、「俺と同世代のやつが引退するのか……」的な感傷もあまりなさそう。なんというか、飄々としていて「自分は自分」という確信のある雰囲気でした。
巨人からオリックスに移籍した当時の清原和博のように「泥水を飲む覚悟で」と、自分が現役を続けるということに対するナルシシズムを表現するような自意識もない。
淡々と、飄々と、現役を続けていける彼は、「松坂世代の代表としての松坂」なのではなく、「松坂大輔は松坂大輔」なのかもしれない。「松坂世代」なんていうのは我々の感傷であって、本人は気にもとめていないのかもしれない。
やはりスーパースター松坂大輔、ただでは転ばないのではないか。そんなことを思いました。
(おわり)
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