「投票に行こう!」キャンペーンへの疑問

雑記

衆議院総選挙は明日だ。

前はよく期日前投票に行っていたが、最近は投票日に、投票所に行くようになった。理由は2つで、

  • 期日前投票所より、当日の投票所のほうが家から近い。選挙はだいたい日曜なので、お休みの日の午前中に近所を散歩がてらに行くと精神的な健康にもよい、ということを発見した。投票所の雰囲気も、期日前よりは選挙委員の人の気合いが入っているので、その雰囲気を味わうのも何か良い。
  • 投票日に投票するようにすると、選挙戦を最後まで見るので、政治関連報道をちゃんと見るようになる。

最近は「投票に行こう!」というキャンペーンがますます多くなっている。

僕は選挙は国政選挙であろうと地方選挙であろうと、たぶん全部行っていると思うのだが、自分の1票は大して意味がないという実感がある。行こうと行かまいと、大勢には影響がないなと思うのだ。

でも、なんとなく思うのが、「国民の政治参加」と言ったときに大事なのは、実は投票行動そのものではなく、政治について日常のなかでちょこっと考えたり、誰かと話したりすることなのではないか、ということだ。投票というのは行動だけは誰でもできる。それはあくまでもきっかけにすぎなくて、普段から少しずつでもいいから社会のことを自分ごととして考えられるようになる、まわりの人と話せる、各党や政治家の政策についてチェックする習慣がある、みたいなことが民主主義の大事な要素である。そういった意味で、投票行動はそのペースを保つためにそれなりに意義はあると思う。自分の1票がたとえ軽いとしても。あとは、選挙権は、自分の先祖たちが苦労して勝ち取った権利である。未来のためにそうやって頑張った人たちがいて、その人たちにリスペクトを持つみたいなのも大事なのかなと思う。

だから逆に言えば「投票に行こう!」というキャンペーンは、それ自体は悪いことではないと思いつつ、本質とはちょっとズレているな、と思うのだ。今の「投票に行こう!」系キャンペーンは、広告による行動変容を促していて、それはかなりの程度、広告屋的な発想になってしまっている。それは必要「悪」ではあると思うのだが、「あえてやっている」ということを忘却すると、むしろ民主主義を進めるということに対して逆行しかねない。

「期日前投票をしよう!」というのも、「選挙戦の内容をあまりウォッチせずに性急に態度決定しましょう」というキャンペーンになってしまっている側面も、あると思う。まあ、今回の衆院選はあまりにも選挙期間が短すぎるのが一番の問題だとは思うのだが。

要は、「投票に行こう!」キャンペーン、「期日前投票をしよう!」キャンペーン、そして選挙戦が今回のように極めて短いということは、民主主義を進めるというときに実は、けっこう問題含みではないかと思うのだ。もちろん、いい方向に進む可能性はある。スタイルに宿るソウルもあるのかもしれない。でも「本質をけっこう置き去りにしてるよね?」というツッコミは必要なのではないか、と思うのだった。

ちなみに僕の選挙区は東京1区だが、投票先はまだ決定していない。明日、投票所に行く前までに決めようと思う。

(了)

中野 慧 (Kei Nakano)

1986年生、ライター・編集者・ディレクター。PLANETSにてWebマガジン編集、株式会社LIGで広報/メディア事業を経験したのち現在フリーランス。過去に構成・編集を担当した書籍に『「絶望の時代」の希望の恋愛学』(宮台真司編著、KADOKAWA/中経出版)、『ナショナリズムの現在』(小林よしのり他著、朝日新書)、『現役官僚の滞英日記』(橘宏樹著、PLANETS)、『若い読者のためのサブカルチャー論講義録』(宇野常寛著、朝日新聞出版)など。現在は、PLANETSにて月イチで「文化系のための野球入門」を連載中。
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