『プロデューサーシップのすすめ』のリリース、書籍のコンセプト作り、SDGsとかについて

お知らせ

編集担当した書籍『プロデューサーシップのすすめ』のリリースをPRタイムズで出しました。

これはNPO法人ZESDAから依頼されてやっている仕事で正直、書籍制作中も「この本なんなんやろ……」と思ってはいたんですよね。自分が企画者じゃないのでコンセプトがよくわからず、まとめるのがなかなか大変で、当初の予想よりもはるかに時間がかかってしまいました。

「コンセプトの重要性」をどんなふうに考えるのがいいんだろう

非常にざっくりした感想ですが、書籍編集というのはやっぱり、書籍のトータルコンセプトを一度しっかり言葉(文字)で書いて、それをもとに構成を考えたり収録をしていくというのが必要で、「走りながらコンセプト考えればいいじゃん」ではダメだなぁとは思います。

でも結局、最初にちゃんとコンセプトを考えたとしても、走っていくとどんどんブレていくんですよね。そういうのを経験すると、「別に最初にかっちりコンセプト作んなくてもよくない?」という気持ちに、一度はなるものかなと思います(というか僕がそうなのですが、編集者や作家のみなさんはそう思ったりしませんか?)。

でもやっぱり、最初に「頭に汗をかいておく」というか、最初にコンセプトをきっちり考えきると後が少しラクではあるなと思います。で、最初に決めたコンセプトに、そのあと実際に走っていくときに縛られすぎないというのも大事かな、と思うのです。「コンセプトが大事教」の人は、すっごく最初のコンセプトに縛られちゃうのですが、それをやっていると段々つらくなってしまう。結局、必要が出てきたら途中でもう一回コンセプトのアップデートに取り掛かる必要があって、そこでもやっぱり「頭に汗をかく」が必要になるなと思うのです。

IT業界にいたときに教わったことですが、「ウォーターフォールか、アジャイルか」みたいなことをみんな考えるわけですけど、僕としてはどっちも大事だなと。ただウォーターフォールモデルで最初にかっちり書いたコンセプトは、アジャイルしすぎずに、「タイミングが来たな」と思ったときにエネルギーを使って、頭に汗をかいて、アップデートするのが重要かなと思います。

『プロデューサーシップのすすめ』はコンセプトがわかりにくい?

実はちょっと前に『プロデューサーシップのすすめ』を置いてもらえないかということで書店に営業に行ったんですけど、ダメだったんですよね。書店員さんも「これだと売れそうにないねぇ」という感じだったので、「うーん」ということで、そもそもの書籍のコンセプトを考え直したり、編著者であるZESDAの桜庭さんが行った最新の講演内容を聞いて、そこでアップデートされていた内容も踏まえて、リリースを書き直して出したのがこれです。

サラリーマンが”資本家”のマインドを身につける秘訣は「プロデューサーシップ」にあり!個人が生き抜くための事例集『プロデューサーシップのすすめ』が発売

このリリースでようやく、多少は(?)広くみなさんに伝わるように言語化できたのではないか、と思います。まだまだだいぶ固いですが……。

「新しい資本主義」とか「日本人の給料が30年間上がってない」とか、そういった社会的な潮流を踏まえると、実は意外とタイムリーな話題ではないか、という切り口にしてみた感じです。

この書籍は内容が非常に真面目で、コンセプトもすごく真面目で、「売らんかな」というものではないので、売り方が難しいなぁと思ったのでした。

SDGs的な仕事

ところで最近、僕は仕事するにも、たとえば途上国の元テロリストの社会復帰を支援するNPO法人アクセプト・インターナショナルの永井陽右さんの単著の企画や構成を手伝ったり、テアトルアカデミーのある種の社会貢献活動の側面も強いオウンドメディア「テアトルロード」の運営であったり、このNPO法人ZESDAの『グローカルビジネスのすすめ』『プロデューサーシップのすすめ』の制作・普及活動であったり……。あとほかにも、具体名は言えないですが公益性の高い活動を仕事としてやっていたりします。

おそらく30代以上の人は、SDGsというと、「なんか流行ってるだけでしょ」「偽善乙」「若者の社会貢献意識の高まりwww」みたいな受け取り方なんじゃないかと思うのですが(一部誇張しました)、僕はSDGs的な仕事ってけっこうおもしろいな〜と思うんですね。

何がおもしろいかってそこまで言語化できてないのですが、なんとなく「新しい」のがおもしろいのかな、と思ったのです。小説作ったり、批評を書いたりとか、雑誌作ったり、エンタメ盛り上げたりとか、ニュースメディアやったりとか、それもおもしろいと思うのですが、わりとこれまでノウハウが蓄積されてきている分野だなと……。

それと、これはあとで別にまとめて書きたい話ではあるのですが、いわゆる「サブカル」的な生き方をしていくのか? みたいなところは10年前からあって……『花束みたいな恋をした』みたいな世界ってほんとに出口なくないですか? というか、僕は出口がないというのがイヤというよりは、なんかあんまり開かれてないのが微妙に好きになれないです。いい作品だとは思うんですが。昔のキムタクのCMでありましたね、「閉じてるやつと開いてるやつがいて〜」みたいな。

で、僕はもともと小学生の頃から毎週「週刊こどもニュース」を見て、毎日、朝日新聞を端から端まで読むみたいな社会派でもあったので、そういうのもいいなとは思いました。なので最近、そういう公益性の高い仕事を自分のなかで「SDGs系」と名付けて、ポジティブに意味づけをしていたりします。でもこういう場所に触れてみるといいなと思うのが、自分よりかなり若い世代ともコミュニケーションができるということです。歳上や同年代に関してはいつも勉強したりコミュニケーションしたりしていますが、20代以下の人たちと接するとまたちょっと違う刺激が入ってくるのもおもしろいかなと思いました。今回は以上です。

(了)

中野 慧 (Kei Nakano)

1986年生、ライター・編集者・ディレクター。PLANETSにてWebマガジン編集、株式会社LIGで広報/メディア事業を経験したのち現在フリーランス。過去に構成・編集を担当した書籍に『「絶望の時代」の希望の恋愛学』(宮台真司編著、KADOKAWA/中経出版)、『ナショナリズムの現在』(小林よしのり他著、朝日新書)、『現役官僚の滞英日記』(橘宏樹著、PLANETS)、『若い読者のためのサブカルチャー論講義録』(宇野常寛著、朝日新聞出版)など。現在は、PLANETSにて月イチで「文化系のための野球入門」を連載中。
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