『宇崎ちゃん』とアイデンティティ・ポリティクス

アニメ

もう多くの人が忘れかけていると思うが、2019年に『宇崎ちゃんは遊びたい!』というマンガ/アニメのキャラクターを用いた献血ポスターが巨乳を強調していてセクハラ的だ、ということで炎上したことがあった。

これに関してはいろんな意見があったので、議論を追いたい人はぜひネットでググるなどして見てみてください。たしか、「環境型セクハラだ」という批判、「表現の自由だ」という再批判とかがあった気がする。

それとは別に『宇崎ちゃん』がけっこう好きな件

そして実は僕は『宇崎ちゃん〜』はけっこう好きである。ただ、「自分の好きなキャラが公共的なポスターに使われてそれが『環境型セクハラだ』と批判されているのは忍びない」という意見は、ちょっと違うのかなと思っていることを、最近のネットを見ていて思い出した。

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『宇崎ちゃん〜』自体はたしかに、正面からポルノコンテンツとして作られているわけではない。

でも、僕が『宇崎ちゃん〜』をまあまあ好きと思うのは、むしろこの作品にポルノ性があるからだ。

『宇崎ちゃん〜』がどういう話かというと、冴えない友達のいない何にも燃えられないうだつの上がらない男子大学生、そいつになぜかまとわりつく小柄で巨乳でうるさい後輩女子大生、この二人のドタバタ劇である。その後輩女子大生「宇崎ちゃん」は、名前のとおりまあまあウザい。主人公のことをしょっちゅうバカにしたり、友達いないいじりとかをしてくるのである。

男子大学生の願望と村上春樹フォロワー的精神性

で、これがなぜポルノっぽいと思うかというと、僕も大学時代こういううだつの上がらない男子大学生の側面も持っていたので、『宇崎ちゃん〜』が表現しているものが、「自分にまとわりついてくるうるさい後輩女子大生がほしい」という願望に応えるものであることがよく理解できるからだ。

だからまあ、「妹萌え」のバリエーションのようなものだと思う。たとえば『涼宮ハルヒ』とかを見ていて、いつもうるさいハルヒを「やれやれ」とか言って表面的にはうざがっていながら、実はその裏でいつも寂しい自分をかまってもらえて嬉しいキョンというキャラクターがいる。こういう、なんというか文化系男子の村上春樹的欲望というのはわりと平成以降広くある気がする。デタッチメントで「やれやれ」とか言いながら自分の寂しさプラス性的欲望を満たすという性質が、この種の村上春樹フォロワー的なアニメ、マンガ、ラノベ的なものにはあるのだ。

で、ハルヒとかもまあまあウザかったが、宇崎ちゃんはかなりウザい。しかもその「かなりウザい」というところがポルノ性を担保しているように思う。ハルヒとかは結局のところ10代の爽やかな青春物語の枠内にいることをなんとか維持していたが、宇崎ちゃんのウザさはそれを若干はみ出している。

宇崎ちゃんの「ウザさ」

なにを言いたいかというと、宇崎ちゃんのウザさは、ある種の男性にはもう即座に理解できるのだが、「メチャックス」的なところまで、あと一息のところで寸止めしているのだ。(メチャックスがなんのことかわからない人はググってください)

つまり、「メチャックスの寸止め」である。

だから『宇崎ちゃん〜』はエロであり、ポルノ性が高いと思う。

『宇崎ちゃん〜』のポスターを炎上させた人たちがそこまで理解していたかどうかはわからない。多分理解してなかったんじゃないかと思う。でもその人たちの直感はまあまあ正しいと思ってしまう。たしかに『宇崎ちゃん〜』はゾーニングされるべき作品かどうかのギリギリのところを突いている。表面的にはエロシーンとかはないのでポルノコンテンツではないのだが、だからこそエロさがけっこう高く、それゆえに素晴らしい作品だと思うのだ。

ゾーニングとアイデンティティ・ポリティクス

ちなみにこの種の話は『からかい上手の高木さん』とかにも言える。一見健全そうでいて、そこにはポルノ的な機能が薄く深く埋め込まれている。何も悪いことではない。むしろいい時代になったと思う。こういうロールモデルが提示されることで、リアルの相手がいなくても/いても、人間の性的な想像力というのは拡張される。自分もこういうオタクコンテンツにインスパイアされることが多い。イマジネーションの豊かさ……これは紛うことなき人間讃歌にもなっていると思う。

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ただ人間の想像力がそうやって拡張されて、表面的にはゾーニングされるべきではない分野にエロが滲み出してしまったからこそ、2019年のときの『宇崎ちゃん〜』のような「怒られ」が発生したのかなとも思うのだ。

ポルノは面白い。イノベーティブな表現がどんどん出てくる。だがしかし、「これはポルノじゃないんだ!」と建前を言ってアイデンティティ・ポリティクスを戦うのはあまり賛成できない。政治を戦うために建前論を展開するのはダメだというのは、僕はここ最近、野球とスポーツ、オリンピックと政治との接近の歴史を勉強していてよくわかった。現実に負けて建前論で戦うと、あとで必ず問題の根が深く残り、それが必ず未来を圧迫することになる。

だから「わりとポルノである。だからこそ素晴らしい。ならばポルノの解像度をもっと高めよう」、みたいなことをちゃんと批評的に言っていく必要があるのではないかなと思った。(了)

中野 慧 (Kei Nakano)

1986年生、ライター・編集者・ディレクター。PLANETSにてWebマガジン編集、株式会社LIGで広報/メディア事業を経験したのち現在フリーランス。過去に構成・編集を担当した書籍に『「絶望の時代」の希望の恋愛学』(宮台真司編著、KADOKAWA/中経出版)、『ナショナリズムの現在』(小林よしのり他著、朝日新書)、『現役官僚の滞英日記』(橘宏樹著、PLANETS)、『若い読者のためのサブカルチャー論講義録』(宇野常寛著、朝日新聞出版)など。現在は、PLANETSにて月イチで「文化系のための野球入門」を連載中。
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