公開中のアニメ映画『アイの歌声を聴かせて』が超傑作だった件

アニメ

公開中のアニメ映画『アイの歌声を聴かせて』を観てきた。前に映画館で予告編を観たときに、見た目はレトロだけど随所に引っかかるポイントがあって気になっていた。今日、どうにもやる気が出なかったので、新宿ピカデリーの夕方の回で観ることにした。

よくある青春もの?

正直、今年の『花束みたいな恋をした』級の衝撃を受けた。これは全人類が観たほうがいいやつです。ただ『花恋』は恋愛映画だけど、『アイの歌声を聴かせて』は「青春」「恋愛もの」のようでいて微妙に違う。

というか、このルックだと「また青春ものか〜」という予断をもつ人がすごく多いと思うのだが、その予想はものすごく裏切られる。

何よりいいなと思ったのが、おそらく監督の吉浦康裕氏が、テクノロジーや哲学などの方面に関して相当知識があって自分の頭のなかで考えていて、ストレートにそういうのをやったらとっつきにくくなるものを「青春もの」というプラットフォームを使ってすごく繊細に表現しているところだ。おそらく『レディ・プレイヤー・ワン』や『竜とそばかすの姫』とか、「メタバース」的なものじゃないんだ、という意図があるのではないかと思う。

ミュージカル要素

これはミュージカル映画でもある。僕がふだん思っていることとしてこんなのがある。

1いいねも付いていないことからもわかるように「何言ってだこいつ」案件なわけだが、僕がなんでこんなことを思うようになったかというと、イギリスの社会学者ノルベルト・エリアスの「文明化」理論に触れたのがひとつのきっかけではある。エリアスの論考を読むと、ふだん我々が日常的に行っている動作・所作には特に必然性があるわけではなく、「文明化」の影響を受けまくっていることがすごく気になってくる。私たちの行動は見えない力=バイオパワーに規定されている、というようなことはフランスの哲学者ミシェル・フーコーも言っていることである。

『ラ・ラ・ランド』なんかもそうだが、ミュージカル映画を観て私たちが思うのは大きく分けて2通りで、ひとつは「こんな行動普通しねーだろ」という文明化の影響を受けまくった反応、もうひとつは「自由で面白いな」みたいなことじゃないかと思う。で、『アイの歌声を聴かせて』は、日常に入れ込むミュージカル要素の楽しい部分を「AIだから」ということでOKにしてしまっているのがなかなか面白いなと思った。

絵作りとか声優とかについて

絵作りはオーセンティックな2Dアニメの見た目なのだが、なにより田舎とテクノロジーが組み合わさった情景がいい。田園のなかに風力発電と太陽光発電の装置が展開している。前に見学した、山形県鶴岡市の慶應義塾大学鶴岡タウンキャンパスを思い出した。鶴岡も将来的に『アイの歌声を聴かせて』みたいになるのかもしれないのか! と初めて思った。あのキャンパスにそんなポテンシャルがあったとは……そこまで想像していなかった。

アニメと地方創生というのは、昔の『らき☆すた』『けいおん!』などの時期から深い関係にあって「アニメツーリズム」とか言われて町おこしの起爆剤みたいな期待があったが、そこまで思うように行っていなかったように思う。だけど、今回の『アイの歌声を聴かせて』で、なるほど、こういう組み合わせになるのか〜と思った。アニメはそもそもSF作品の映像化の主要な舞台だったわけで、そういう未来志向(SF)と自然志向がこういうふうに組み合わさるのか、なるほど、という感じで非常に納得感があった。

あと、主役と歌をやってる土屋太鳳さんがすげぇなとなる。個人的に気になったのは、もうひとりの主人公役の福原遥さん、元まいんちゃんだが、最近の郵便局のCMとかの存在感がとてもいいなと思う。

テクノロジーと人間

『アイの歌声を聴かせて』のテーマは、ざっくりいえば「テクノロジーと人間」であると思う。『サピエンス全史』や『ホモ・デウス』でユヴァル・ノア・ハラリが、人間は過剰に残酷で過剰に道徳的であるという姿を描いていたと思うが、一方で果たしてAIやロボットは『ターミネーター』のように人類の敵になるのだろうか? どうも最近では、そうでもないのでは、という感じになっているように思う。

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あと、『アイの歌声を聴かせて』のシオンはスタンドアローンであるということが作中で2回ほど言及されているが、ネットワークに溶けていないある種の個体としてのAIやロボットに対して私たちは果たして「人権」を認めるのだろうか? ということが気になる。

最近、僕はアニマルウェルフェアに少し興味があって、というのも僕は10代から約17年間ほど、2匹の猫と暮らしていた。猫は家族同然であり、2匹がそれぞれ世を去るときは家族を失う痛みであった。そうなってくると動物の権利がとても気になるわけで、さらには自分たちの食料となっている豚や牛、鳥などの権利は? ということが気になってくる。「動物の権利」の議論はヨーロッパでは進んでいて、この種の考え方はやがて日本やアメリカにも波及してくるだろう。おそらくAIやロボットの権利の話は、アニマルウェルフェアの延長線上にある議論なのではないかと思う。つまり人権の議論は、「私たちが愛着を感じたとき」に発生するのだ(それも勝手なものかもしれないが……)。

ポストヒューマンという議論もある。これはサイボーグなども含むがそれだけではなく、人間の知性を移植したりニューラルネットワークで再現して身体というインターフェースを持たせた存在が今後出てくるだろうと予測されている。長期間の宇宙旅行や太陽系外の惑星探査は生身の人間ではなかなか難しいが、ポストヒューマンであれば可能になる。

それと、身体や知性などもそうなのだが、AIやロボットは「人間よりも人間らしい」存在になっていく可能性がある。私たちは今ですらAIやロボットに助けてもらっているが「人間よりも人間らしい」AIにサポートされる存在になるのかもしれない……みたいなことまで考えさせられた。

恐るべきことに『アイの歌声を聴かせて』の副読本はおそらく『サピエンス全史』や『ホモ・デウス』である。青春エンターテインメントでありつつ哲学でありSFでもあるという、とんでもない作品が『アイの歌声を聴かせて』であると思う。

(了)

▼『アイの歌声を聴かせて』予告編

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▼公式サイト

映画『アイの歌声を聴かせて』公式サイト

中野 慧 (Kei Nakano)

1986年生、ライター・編集者・ディレクター。PLANETSにてWebマガジン編集、株式会社LIGで広報/メディア事業を経験したのち現在フリーランス。過去に構成・編集を担当した書籍に『「絶望の時代」の希望の恋愛学』(宮台真司編著、KADOKAWA/中経出版)、『ナショナリズムの現在』(小林よしのり他著、朝日新書)、『現役官僚の滞英日記』(橘宏樹著、PLANETS)、『若い読者のためのサブカルチャー論講義録』(宇野常寛著、朝日新聞出版)など。現在は、PLANETSにて月イチで「文化系のための野球入門」を連載中。
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