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『おんな城主直虎』とは何だったのか。ガンダムとの比較で考えてみる(1) | にどね研究所

『おんな城主直虎』とは何だったのか。ガンダムとの比較で考えてみる(1)

カルチャー

最近また働き始めまして、いろいろ新鮮な部分もたくさんあり、良き毎日を送っています。今後も最低月4本ぐらいはブログを更新したいと思っているのですが、今回は昨年末に放映が終了した大河ドラマ『おんな城主直虎』について全話観た感想を書きます。書いてて長くなったので2回に分けることにしました。まずは1本目です。

事前の期待値について

そもそも『おんな城主直虎』の放映前にどういう期待値だったかというと、こういう感じである。

  • 近年視聴率が低いことがネタにされがちな「おんな大河」なので、「見えてる地雷」扱い
  • これまでと違い比較的知名度の低い歴史上の人物「井伊直虎」を主人公に据えたということで「見えてる地雷」扱い

というわけで、放映前から期待値は低めであった。ただ、脚本を手がけるのが朝ドラ『ごちそうさん』で好評を博した森下佳子だったことで、コアなドラマファン的には「うまく料理できるのでは」というプラスの期待感もあったと思う。

基本的に今の大河と言うのはネタバレ上等であり、視聴者がWikipediaで「井伊直虎」の項目を読んでから鑑賞する、というのが前提になっている。視聴者が結末や歴史上のターニングポイントを知っている状態で、「その結末にどういうプロセスでたどり着かせるか」こそが脚本家の腕の見せ所となっているのだ。

『戦国無双』に萌え系武将として登場した井伊直虎

そもそも「井伊直虎」という歴史上の人物が注目されたきっかけは、おそらくはゲーム『戦国無双』シリーズである。『戦国無双』で井伊直虎はミニスカの萌え系武将として登場し人気を博した。NHKの大河制作スタッフはそこからヒントを得たのではないかと思われる。

▲コーエーテクモ公式に上がっている井伊直虎の戦闘シーン。日本的想像力ってすごい

歴史上の人物としての「井伊直虎」とは

さて、まずは井伊直虎はどんな人物なのかを簡単におさらいしたい。戦国時代末期、浜松の北に位置する「井伊谷(いいのや)」を拠点にしていた井伊家は今川家の支配下に置かれていた。しかし井伊家は相次ぐ戦乱で世継ぎの男子を失い、そこで中継ぎとして嫡流(井伊家当主の家)の女子である「次郎法師」が実権を握り、一時井伊谷を支配した。それが一般に「井伊直虎」と言われる人物である。

この点については大河放映中に新資料が発見され、「井伊直虎は男性だったのではないか?」ということが話題になった。これに関して詳細説明は省くが、筆者が調べたところ、要するにこういうことらしい。

  • 一次資料(確度の高い資料)において「井伊直虎」という人物の存在は確認されるが、その名を記した同時代資料は非常に少ない。
  • そして新資料では、その人物が男性だったのではないか? ということも推測可能である。
  • ただし、その男性が井伊谷の当主としてどこまで実権を握っていたのかはよくわからない。少なくともその男性の存在は、後世に語り継がれるようなものにはならなかった。
  • 一方、井伊家嫡流の女子「次郎法師」が一時、井伊谷の実権を事実上の当主として握っていたことはほぼ間違いない。

つまり、現代の我々は「一時、井伊家の実権を握った嫡流の女性」つまり「次郎法師」を「井伊直虎」と呼んでいるのである。その両者が別人物の可能性はあるが、次郎法師が「女地頭」として領地経営を行って後世に語り継がれた人物だったのはほぼ間違いない。そして次郎法師は、のちに井伊家が徳川の配下へと鞍替えしたあと、徳川四天王の一人で初代彦根藩主、「赤鬼」の異名をとる猛将「井伊直政」の後見人でもあった。

要は『おんな城主直虎』は、「世継ぎの男子のいない家を継いで領地経営を行い、のちの井伊直政を育成した実在の女性」をベースに描かれた物語なのだと思う。個人的には「実在の井伊直虎の性別が何であったか」は、この作品の価値を何ら毀損しないと思っている。

ハマーンが直虎でジュドーが直政で……

ここからは歴史的な事実がどうであったかからは離れて、フィクションとしての『おんな城主直虎』について述べていこう。まず、初回放送時にイラストレーターの添田一平‏氏が、『ガンダム』シリーズの人気キャラクターであるハマーン・カーンに見立てて直虎を描いたイラストがTwitterで話題になっていた。

『平清盛』や『真田丸』以降、ネットでは「大河ドラマクラスタ」ともいうべき集団の存在感が高まりつつあるが、彼ら彼女らはアニメにも詳しい。当然、ハマーン様(様付けしなければならないと定められている)が登場する『機動戦士Zガンダム』『機動戦士ガンダムZZ』を観ている人も多い。こういった人たち(自分も含む)からすると、このイラストを見ただけで「あっ、『直虎』ってそういうシナリオなのか……」とピンときてしまったのだ。

『機動戦士Zガンダム』におけるハマーン様は、滅びてしまったジオン公国の後継組織「アクシズ」の実質的なリーダーとなり、当主ザビ家の再興のために尽力していく女性キャラクターだ。当然モビルスーツも操縦できて戦闘能力が高い。

そんな有能かつ気の強いハマーン様だが、続編の『機動戦士ガンダムZZ(ダブルゼータ)』においては、敵側の優秀なモビルスーツパイロット、ジュドー・アーシタ(ZZの主人公)という歳下の少年に出会い、彼に対して異常なほどの執念を燃やしてしまう歳上のお姉さんという感じになった。『ZZ』には色んな要素があるが、一つの重要なラインは、ハマーン様-ジュドーのおねショタ(ピクシブ百科事典)的な関係である。

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▲機動戦士ガンダムZZ メモリアルボックス Part.I[Blu-ray]

我々視聴者(主語がでかい)としてはハマーン様に感情移入していたので、「なんでハマーン様とジュドーが敵同士なんや!(違う世界線が見てみたい……)」という気持ちが正直あった。ハマーン様の欲望にはいろいろなレイヤーがあったと思うのだが、彼女の一次的な欲望は「ジュドーをこの手で育てたい」だったと思う。

ところが『直虎』の世界線で我々は、ジュドーをハマーン様の義理の息子にすることに成功した。つまり、直虎をハマーン様、直政をジュドーになぞらえ、「もしかしてハマーン様的な欲望を叶えることができるのでは?」そして「大河ドラマとして革新的な作品になるのではないか?」という期待が出てきたわけである。

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▲おんな城主 直虎 完全版 第壱集 [Blu-ray]

物語序盤の展開と、歴史的な視角

さて、ここからは物語の具体的な展開を追っていきたいと思う。ストーリーの骨格と、歴史的な観点から述べてみたい。

「筋肉で問題解決」できなかった井伊家と家臣団

時は戦国、織田信長が今川義元を破った「桶狭間の戦い」の数年前から物語はスタートする。井伊家は駿府(今の静岡市)を本拠とする今川家の支配下にあったわけだが、物語当初はもうかなりメタメタになっていて「このままではお家の存続が危うい」という状態にまで落ち込んでいた。今川からは小野家という目付(監視役)が派遣され、今川の命令でいつでも井伊家を乗っ取れるようにスタンバっている状態だった。

当初の主要キャラクターは三人。井伊家当主・井伊直盛の娘「おとわ(のちの直虎/柴咲コウ)」、おとわと歳が近いが井伊家傍流の亀之丞(のちの井伊直親/三浦春馬)、そして小野家の嫡男・鶴丸(のちの小野政次/高橋一生)である。この三人はそれぞれ家どうし複雑な関係にあるが、三人仲良く幼なじみとして育てられる。そして亀之丞が井伊家で数少ない若い男子であることから、世継ぎを見込んで嫡流のおとわと許嫁となっていた。

ところが、亀之丞の父の井伊直満が謀反の疑いのかどで今川に処刑され、亀之丞も命を狙われたため信州へと逃げ、さらにおとわも今川の怒りをそらすため出家するという事態になってしまう(このときおとわは「次郎法師」という名前になる)。

基本的にこの時期の井伊家は、男性キャラは何も考えず「とりあえず戦っとけ」と、筋肉で問題解決しようとしていて戦略も何もなく、脳筋集団だったせいで危うく滅びそうになる。(とはいえ筋肉キャラも脳筋ばかりではなく、市原隼人演じる武闘派僧侶・傑山のように慎重に武力を発揮するタイプのキャラもいるのだが)

柴咲コウ・三浦春馬・高橋一生のマクロス的な三角関係

物語の序盤で判明するのは、おとわ(次郎法師=直虎)、直親、小野政次の3人が『マクロス』的な三角関係にあるということだ。ところが直親は信州に逃亡せざるをえず、残った政次も今川の目付である小野家の人間なので、おとわに好意を抱いていても表に出すことはできない。

数年後、直親は信州から帰ってきたが、すでにおとわは出家して「次郎法師」となっており婚約関係もウヤムヤになっていたので、別の女性と結婚し井伊家の世継ぎとなる(この女性とのあいだに生まれたのがのちの直政である)。ここでまた複雑な三角関係が再燃する(おとわ=次郎法師は尼、直親は既婚者、政次は今川方の目付)。

しかし、それから迎えた桶狭間の戦いで、当主の井伊直盛(直虎の父)と重臣たちが織田方に討ち取られてしまう。すぐに直親が井伊家の当主を継いだものの、なんと今川方に謀殺されてしまうという事件が起こる(つまり、三浦春馬はわりと早々に退場)。

いよいよまったく男子のいなくなった井伊家は仕方なく女性である次郎法師を還俗させ、次郎法師は「直虎」を名乗って当主を継ぐこととなった。

戦国時代は女性が実権を握ることも少なくなかった

「そもそも女性が武家の当主になるなんてフィクションじゃないの?」と思う方も多いと思うのだが、それは江戸時代以降に固定化された考え方で、戦国時代は特に女性が実権を握ることも少なくなかった。『おんな城主直虎』のなかでも描かれているが、特に今川家は長きにわたって義元の母、寿桂尼(じゅけいに)が実質的な最高権力者であったことは歴史的な事実である。他にも筑後(現在の福岡県久留米市)の立花家では女性である立花誾千代(ぎんちよ)が正式な家督相続をして城主となっていて、武将としても武勇を誇ったことが語り継がれている。

他にも、わかりやすい例でいえば、秀吉亡き後の豊臣家では秀頼の母である淀殿(淀君)が実権を握っていたし、徳川家では家康の側室・阿茶局(あちゃのつぼね)が内政・外交分野で活躍した。江戸時代初期には三代将軍家光の乳母・春日局が強大な権力を持った政治家だったことも有名である。

つまり、現代の我々が想像しがちな明らかな男性優位の武家社会というのは、むしろ江戸時代中期以降の平和な時代に確立されていったものだ。しかも江戸時代中期以降も「大奥」が隠然と権力を持っていたし、「男性優位の武家社会」というイメージはむしろ、武士のいなくなった明治の近代化以降に強化されたものでもあるかもしれない。この点についてはどこかでしっかりと整理したいと思う。

……だいぶ長くなってしまった。とりあえず今回はここまでにして、次回は『おんな城主直虎』の中盤以降の展開について、ちょうど前の時期に放映されていた『真田丸』『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』と比較しつつ述べてみたい。(つづく)

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