安倍晋三は大衆の鏡像なのか。青木理『安倍三代』感想

青木理『安倍三代』のカバー写真

青木理さんの『安倍三代』の文庫版を読んだので、ざっくりと感想を書きます。

読もうと思ったきっかけは、AERAdotに掲載されていたこの記事。

「悲しいまでに凡庸」だった青年が日本政治の頂点に君臨し、この国の姿を変容させるまで 安倍晋三氏のルーツを探る (1/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット) 

この記事は、文庫の巻末にある中島岳志氏の解説の転載だ。

安倍晋三が、外務大臣や自民党幹事長など要職を歴任し清和会(現在の細田派)の領袖も務めた安倍晋太郎の息子で、60年安保を主導した岸信介の孫であることは知っていたが、そもそも三代目である。

で、その初代は安倍寛(かん)という政治家だということは、この記事を読んで初めて知った。そしてその安倍寛は、平和主義で反戦を貫き、1942年のいわゆる「翼賛選挙」で、非推薦のまま出馬して当選したという、かなり気合いの入った人間だったらしい。

ちなみに、翼賛選挙のときに東条英機に公然と歯向かったことで有名なのが鳩山一郎、「反軍演説」の斎藤隆夫、そして中野正剛だ。斎藤隆夫、中野正剛はその生涯を見ればわかるが相当な気合いが入った男である。

あと、このへんはまだまだ不勉強ではあるが、鳩山一郎は評価がかなり難しい政治家であろうことは推測できる。統帥権干犯問題の言い出しっぺみたいなところもあるわけである。

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あまりにもドラマチックな寛・晋太郎の二代記

それはさておき、実際に書籍をすべて読んでみて感じたのは、安倍寛、安倍晋太郎ともにかなり気合いの入った男だったということだ。この記事ではやたら「気合い」という言葉が頻出しているが、やっぱりそこって政治だけじゃなくて何事においても大事だと思うのである。腹が据わっているとか度胸があるとか、そういうことだ。

著者の青木氏が収集している安倍寛に関する証言はなかなか興味深い。戦後、「三角大福中」の一角を担った三木武夫からも相当な信頼が置かれていたようで、かつ、政治信条が違うはずの岸信介からもリスペクトされていたらしい。

安倍寛は残念ながら終戦後すぐに病没してしまった。

しかし、たとえば三木武夫の場合、戦時中に特高警察に睨まれながらも安倍寛とともに軍部独裁と戦った記憶が、その後の彼の政治活動の精神的な柱ともなっていたようだ。

またここからがとてもドラマチックなのだが、寛の息子である晋太郎は、すでに離婚で母がいなかったのに加えて、終戦後には父・寛も失った。

晋太郎は戦時中、第六高等学校に進学し、そこから東京帝国大学への繰り上げ進学をさせられることが決まっていたが、徴兵されて海軍に行き、特攻兵を志願していたそうだ。

しかし特攻に赴く前に終戦となり、故郷に帰ったら父が病没。おまけに育ててくれた大叔母を亡くし、「僕はひとりぼっちになった。天涯孤独になった」と大泣きしたという話が載っている。

そして戦後に晋太郎は東大を卒業し、毎日新聞に入社する。その数年後、やはり安倍寛を(立場は違えども)リスペクトしていた岸信介が、「寛に息子がいる」ということを聞きつけ、そこから娘・洋子と晋太郎とがやがて結婚することへとつながっていったようだ。

本書で紹介されている証言にこんなものがある。

「岸先生は、安倍寛先生を立派な人だったと終生尊敬しておられたんです。政治家としてより、人間として素晴らしい人だったと言っていましたね。(中略)あれだけ軍権の厳しい時代、誰がなんといおうと自分の発言を変えなかった。姿勢の一貫した立派な政治家だったんでしょう。それを岸先生が本当に褒めよった。思想信条がどうのではなしに、その息子だということで安倍晋太郎に惚れたんですから」(同書128頁)

まあ今の感覚からすると、父親が娘の結婚相手を決めているように見えて問題があるように感じられるのかもしれないが、「娘に似合う立派な男かどうか」を見極めて、その人を娘に紹介する、というようなニュアンスではある。

ちなみに、このあたりの時代の話を読んでいてよく思うのは、「立派な」という言葉が頻出することだ。現代において「あいつは立派な男だ」というような表現はあまり使われなくなっているように思うが、個人的にはこの言葉にとても魅力を感じる。

晋太郎の「天涯孤独」と弱者への視線、晋三の「ひ弱さ」

そう、安倍晋太郎は二代目とはいえ「天涯孤独」であり、終戦前後のどさくさで、必ずしも寛の地盤を引き継げたわけではない。毎日新聞を退社して岸の秘書官になり、その後に国政選挙に挑戦するわけであるが、地道にドブ板で支持基盤を拡大していったようだ。

その際に強力なバックアップとなったのが、下関の在日コリアンのコミュニティである。そういったマイノリティに寄り添う姿勢が、晋太郎の支持基盤をつくっていった。

このように大変ドラマチックな安倍寛、安倍晋太郎の二代記に比して、安倍晋三のエピソードはどれも、ちょっと弱いというか、神経症的なものが多い。『新世紀エヴァンゲリオン』において(少なくとも表面的には)「偉大な父」として君臨する碇ゲンドウに比して、主人公の碇シンジが内面の問題ばかりを気にしているように見えるのと同じように。

これだけ書くと、著者の青木氏が、今の安倍政権を貶めるために意図的にそのように記述しているように取られるかもしれないが、徹底的な取材をもとに、できるだけ中立的に記述しようという気概を感じたことは、付記しておきたい。取材した結果、青木氏は寛と晋太郎の二代の政治家にとても魅力を感じた一方、晋三にそれと同じものを感じ取ることができなかった、ということなのだろう。

「芦部信喜なんて、知らない」

さて、ここからはこの本を読んで考えたことを簡単に書いてみようと思う。

現在の安倍政権は、経済政策の部分では官邸主導ではなく官僚主導にして安定的な政権運営ができていると評される。

そんななか、少し前に安倍首相が「(憲法学の権威である)芦部信喜のことを知らない」ということが話題になった。これで各メディアからめちゃくちゃ攻撃されたわけである。

しかし冷静に考えると、民衆からすれば芦部信喜なんて知らないし、「首相ならこんぐらい知ってるよね?」という旧メディア側のほうがマウンティングっぽく見えたのではないか、と感じる。

どちらかというとマスメディアは、「なぜ芦部信喜が重要なのか」ということを、丁寧に解説していくべきだったのだろう。というか、その部分を丁寧にやってこなかったことのツケが今、来ていると考えるべきではないか。

僕自身も、大学時代に憲法の勉強はしたので芦部信喜の名前は知っているしスタンダードなことも知っているが、「芦部憲法学の何がどうすごいのか」はあんまりわからない。

大いなるものへの畏れは当然あるべきである。しかし、今やGoogle検索で「世界のなんでも見える」ような錯覚が社会を覆っている。「いや、そうではないんだ」ということをひとつずつ解きほぐしていく、そういうことが、信頼性を担保すべきメディアのやるべきことなのだろうなと思った。

安倍晋三は、「知らない」ということにおいて、きわめて大衆的な存在だ。三代続いた結果、政治家としての「立派さ」のようなものは減退したが、世襲政治家ならではの取り回しの上手さがあり、かつ、大衆に対してマウンティングしないーーというか、できない。

実はそこは橋下徹とは大きな違いで、橋下は彼なりに理論をしっかり持った上で「学者は使えない」という、大衆ではなく「白い巨塔」たる「アカデミズムの権威」にマウンティングを行う。これは安倍晋三にはできないことだろう。

しかし、逆に言えば、橋下徹は政界で挫折し、安倍晋三は戦後最長の政権を築いている。その違いにこそ、今の世の中を読み解く大いなるヒントがあるのだろうなと思った。

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