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大正期の社会主義者・伊藤野枝を描いたドラマ『風よ あらしよ』(吉高由里子主演)を観た | にどね研究所

大正期の社会主義者・伊藤野枝を描いたドラマ『風よ あらしよ』(吉高由里子主演)を観た

ドラマ

少し前にNHKで放映された3話完結のドラマ『風よ あらしよ』を観た。主演は吉高由里子、今年の大河『光る君へ』の主演でもある。

この『風よ あらしよ』というドラマは、戦前大正期の社会主義者/アナキストである伊藤野枝の物語である。自分は戦前日本の社会主義に関心があり、アナキズム好きでもあることもあって気になっていたが、放映直後はNHKオンデマンドには出ていなかった。『光る君へ』の放映が始まる少し前、ふと思い出して検索してみたら出ていたので観たわけである。

大正期の社会主義者・伊藤野枝を描いた作品

結論としては、かなり面白かった。伊藤野枝は、他の歴史上のライオット・ガール的な人物――たとえば中国の武則天(則天武后)なんかがわかりやすい――と同様、とにかく悪評で固められた人物である。平塚らいてうの『青鞜』を乗っ取りあげくに編集作業を放り出したとか、性的に乱脈であるとか、そういうふうに。

たとえば武則天は、かつては「女のくせに皇帝になり、治世もめちゃくちゃだった」という評価をされていたが、近年ではのちの玄宗の「開元の治」の礎をつくったのではないかと、評価が変わりつつある。日本でも、最初の女性天皇である推古天皇は中継ぎにすぎず、聖徳太子や蘇我馬子の操り人形だとされていたが、それはどちらも違い、リーダーシップを買われて天皇になったという説が出てきていたりする。(参考:初の女性天皇、推古天皇は「中継ぎ」だった? バイアス外し見えた姿:朝日新聞デジタル

『風よ あらしよ』は村山由佳が原作であるが、これまでの伊藤野枝像とは違ったものを打ち出す。むしろ「早すぎた近代的な感覚を持つ女性」というふうに。「早すぎた」からこそ、壮絶なバッシングにあい、ネガティブな評価をされてきた。ところが、伊藤野枝の言論活動を支持する人も多く、影響力が大きかった。

伊藤野枝は、パートナーであり日本のアナキズムの草分け、大杉栄とともに、関東大震災のどさくさに紛れて憲兵隊によって殺害されてしまう。それも、軍(おそらく、特に帝国陸軍)が伊藤や大杉の影響力を恐れたからだろう。この事件は、首謀者であるとされる甘粕正彦大尉の名をとって「甘粕事件」といわれる。

ドラマでは、これまでの伊藤野枝の「悪行」とされていたことに対し、違った角度から光を当てる。観た自分としては、その解釈は納得のいくものだった。こういう話を、見やすいかたちで示してもらえるドラマというものの良さを感じた。

「甘粕事件」甘粕正彦の描き方

一方で、自分が気になったのは、首謀者とされる甘粕正彦の描き方だ。実際に伊藤野枝と大杉栄を殺害したのは甘粕だったのか。これには異説も多い。

甘粕は事件で逮捕され、裁判にかけられ禁錮10年の有罪判決を受けるが、のちに皇太子(のちの昭和天皇)の成婚で恩赦を受け出獄、なぜか陸軍の出資を得てフランスに渡り、画家の藤田嗣治(レオナール・フジタ)らと交流する。そして、やがて満洲にわたって満洲映画協会の理事長となる。清朝最後の皇帝である溥儀と満洲国を描いた映画『ラストエンペラー』で、「日本の世界征服の陰謀の尖兵」として出てくる(しかも坂本龍一が演じている)のが、甘粕正彦である。

しかし気になるのは、かつて殺人を犯した人物が、なぜそこまで出世したのかということ。それは当時の権力側である帝国陸軍の意向を受けてのことだから当たり前だと思う人もいるかもしれないが、戦前日本はそれほど単純ではなく、時代によっては(特に大正時代は)軍はフリーハンドではなく、だからこそ甘粕は実刑判決を受けた。

そして、満洲映画協会をはじめ満洲国の現地の人々から、甘粕の評判がすこぶる良いことも気になる点である。おまけに、日本の敗戦を受けて、中国人社員に「(これからの満映は)中国人社員が中心になるべき」との言葉を遺して自決してもいる。そのような甘粕が、同調圧力に負けずに自らの言論活動を展開した伊藤野枝・大杉栄をかつて惨殺した……どうもそのふたつがリンクしないのである。

もしかしたら、甘粕は軍に言われたとおりに伊藤・大杉を殺害しただけだったのかもしれない。それか、自分はやっていなくてもただ一人責任を引き受けることで、軍との何らかの取引をしていたのかもしれない。もしくは、実際に伊藤・大杉の殺害に関与していたとしても、その際にこの二人の人物とのやりとりのなかで何らかの影響を受けて、その後の人生を考え直したということもあるかもしれない。

『風よ あらしよ』では、何の権威にもおもねらず自分の考えを臆することなく発する伊藤野枝に、甘粕がひるむという描写がある。それはもしかしたら、上記のような考えを踏まえた上での演出なのかもしれない。だが、いずれにしても甘粕という、評価の難しい人物をどのように解釈するのか、という部分ではやや単純な描写だったように感じた。

「わがまま」の内実

『風よ あらしよ』は、中心となる伊藤野枝、大杉栄を、かつてのネガティブな評価を反転させて100%肯定的に描いているというわけではない(特に、大杉栄は普通に最低である。笑)。あくまでも多面的な側面を描くという姿勢に徹している点は、非常に面白く感じた。たしかに、伊藤野枝も大杉栄も、かつての世評のとおり「わがまま」ではある。だが、その「わがまま」の内実がより豊かに見えてくる作品であると思う。

『風よ あらしよ』は今年2月から劇場版の上映が始まるそうだ。気になった人は映画の方を観てみるのもよいかもしれない。

劇場版『風よ あらしよ』公式サイト

(了)

編集者、ライター。1986年生まれ。2010年からカルチャー誌「PLANETS」編集部、2018年からは株式会社LIGで広報・コンテンツ制作を担当、2021年からフリーランス。現在は「Tarzan」(マガジンハウス)をはじめ、雑誌、Webメディア、企業、NPO等で、ライティング・編集・PR企画に携わっています。
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