遠くでもあり身近でもある世界、イランについて/を通じて、考えるということ

人類学

 私は、谷憲一と言います。現在一橋大学の大学院で博士論文を執筆中です。文化人類学を専攻していて、イランのシーア派の宗教儀礼について研究をしています。

 人類学のフィールドワークは、論文のデータを集めるための方法ということを超えて、論文にはならないような現地での体験などを含んでいます。こうした自身の体験を、学術的な論述とは違うかたちで発信していくのもいいかな、ということを考え、このサイトに連載することになりました。どうぞよろしくお願いします。

イランと出会って滞在するようになるまで

 私がイランに興味を持ったのは、2010年に旅行で訪れたのがきっかけでした。とはいっても、何か理由がなければ普通の人が訪れる国ではないと思うかもしれないでしょう。私は大学2年の頃から、長期休暇に三週間ほどバックパックを背負っていくつかの国を周遊するということを行っていました。

 それをやるきっかけになったのも、ドイツに滞在する機会があって、そのときにチェコのプラハに行って泊まったホステルで日本人のバックパッカーに出会って、そのような旅行スタイルの美学を聞いたからなのでした。短い期間、それなりのホテルに泊まって観光地を回るというのではなく、長い期間に渡って、安い宿に泊まったり、自炊をしたり、公共交通機関や陸路を駆使していろいろな国、いろいろなところを観ていくという理念に共感しました。

 そこで、本当は半年とか一年どこかを周りたいという思いもあったのですが、大学を休学するという勇気もなく、三週間でトルコからオーストリアまで行ったり、シリアからエジプトまで行ったりしていたのです。

 イランに行くことの決め手となったのは、2009年の夏に、レバノンの宿で知り合った世界一周中の日本人旅行者が言った一言でした。

「イランは(シリアよりも)もっと人が良かったですよ」

 当時の内戦の前のシリアでは、街を歩いているだけで「Welcome to Syria」なんて言いながら人懐っこく話しかけて来ることが印象的でした。なので、「それを上回るイランとはどんなところなのだろう?」という関心から、次の旅行の目的地に設定しました。予備知識はほとんどありませんでした。行く前に渋谷で上映されていた『ペルシャ猫を誰も知らない』という映画を見て、音楽を規制する体制の中で頑張って音楽を続ける若者たちというイメージを頭に思い描いて、イランへと行きました。

 行ってみると人の優しさが本当に印象的でした。まず飛行機の隣席だったイラン人に、両替やら空港から街に出るのを手伝ってもらうことから始まりました。そして、いろいろなところに行くたびに話しかけられたり、親切にされたり、もてなされたりしました。

 その前に、トルコやエジプトの観光地では親切さを装ったぼったくりにも遭遇していたので、イラン人が話しかけてきても常に裏があるのではないかと警戒していました。けれども、余計な心配だったと思うようなことばかりが続いたのでした。さらに、この旅行中に知り合った2人のイラン人とはいまだに親交があります。旅行で他の旅人と知り合うということはこれまでもあったのですが、現地の人と仲良くなるというのは新鮮な体験でした。

 後に私は大学院で文化人類学を学ぶ道へと進み、フィールドとしてイランを選びました。イランを選んだのも、このときの体験の秘密をより深く知りたいと思った、ということがあります。その後、私はイランでフィールドワークを行うためにまず、2013年にテヘランにあるペルシア語の語学学校に8か月留学しました。そしてこのときたまたま見つけたテヘラン大学の外国人向けのイラン研究の修士課程のプログラムに応募し、2014年から2017年までテヘランに滞在しました。その後も、1カ月から2カ月の調査のための短期滞在を繰り返しています。

イランの滞在経験から何が言えるのか

 そんなわけで、イランで見聞きしたことや研究を通じて調べたことなどを発信していけたらと考えています。そこで心がけたいのは「情報のバイアスに自覚的になる」ということです。

 私見では日本におけるイランの情報は2種類に分かれます。

 一つはイスラーム共和国という体制を過度に強調するもので、厳格な戒律に従っているという風に描くものです。

 一方で、イランに実際に行く旅行者や駐在員は先に書いたような先入観があるばかりに、そうではない面ばかりが目につきます。なので、「イスラームって言われているけど、全然イスラームじゃないこんな面があるんですよ」「反米国家と言われているけど若者はアメリカ文化が好きなんですよ」といった切り口で提示しがちです。

 たしかにそのような側面があることは事実ですが、それを過剰に強調し、それが「本当のイラン」であるかのように提示することもまた、真理から遠ざかるように思います。反米を掲げる体制のイデオロギーを皆が信奉しているわけでは決してありえないのは当然です。

 しかし、だからといって、その逆が真、ということになるわけではないのです。実際、アメリカ映画や音楽が好きな人はすぐに見つけることができます。ところが同じ人に中東でのアメリカの政治について聞いてみるならば、どんなに自国政府のやり方に批判的であっても、アメリカのやり方についても同じように批判的であるでしょう。日本の原爆についてもアメリカの戦争犯罪だと考えている人は多いです。

 このように「一部のことを全体であるかのように語ってしまう」ことの理由の一つに、情報源のバイアスがあるでしょう。旅行者や駐在員が現地で出会い、英語で会話することができるイラン人というのは、それなりに教育を受けていますし、海外の情報に触れるなどしているため、批判的な問題意識を持つことが多いのです。

 しかしながらイランに限らず、多数派の人々というのは日々の生活に順応している人々ばかりですし、政治というのは基本的にはそういう人々の行動で動いています。私自身は、そうした「普通の人」がどのように考えているのかを知ろうと心がけてきました。以後、発信していきたいのは、このような問題意識の下でイランでの生活を通じて得た情報です。恐れ多くも、それが「より本当のイラン」を伝えることができるとは考えません。それでも、ただ日本で暮らしている人に、少し遠くの世界を感じてもらうことができれば幸いです。

Twitter @tkstpauli
ブログ http://tkstpauli.blog.fc2.com/

 次回は、ペルシャ語の学習について書く予定です! イランでの語学学校の様子、街中でのおしゃべり、さらにはペルシャ語が役に立つとき、などについて書いていきたいと思います。

コメント

  1. […] 『いちご100%』の話があったり、イラン×人類学の話があったり、Creepy Nutsの記事が出たりしています。いよいよ何のサイトかわからなくなりつつあります。自分のやってることは「企画の相談に乗る」「締切管理する」「文字校正する・Webっぽく編集する」の3点だけなので、自分の時間じたいはほとんどかかってません。LIGのときは月100本の記事を管理していたので、数本の記事であれば全然だいじょうぶなのです。 […]

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