コミュニケーションは「クリエイティブ」にデザインできる――書評:『アイデアは敵の中にある』

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根津孝太(2016)『アイデアは敵の中にある』中央公論新社

今まで書いた書評について

最近また「お医者さんで禁煙」を始めまして、日本ではまったく報道されないけど米国では副作用が問題になっているお薬「バレニクリン」(日本名はチャンピックス)を処方してもらい、辛い気持ちを抱えながら健康な生活を目指しているところです。前にもお医者さんの力を借りてまる三年ぐらい禁煙してたんですが、2年前の年末に色々ストレスを感じたことで手を出してしまいました。その後自力禁煙に何度もトライした結果「やっぱ自力は無理」という結論になり、最近はメンタルも安定しているので再び禁煙外来を訪れることを決意した感じです。ちなみにチャンピックスの主な副作用は吐き気や強い抑鬱などで、最悪の場合は自殺念慮にすら至るそうです。こうした副作用への対処は僕もいろいろ調べたりして考えているので、もし禁煙がこのまま成功したらまたブログでも書こうと思います。

さて、このWordpressサイトはそもそもオリジナル電子書籍『宮台真司・愛のキャラバン』のティザーサイト的なものとして作ったんですが、サーバー代を払い続けるのもアレなのでたまにブログを書くことにしており、これまでに2本の書評を書きました。この2本はソーシャルでけっこう共有されたようでとてもアクセスが多く、偉い先生に言及してもらったり、見知らぬ人から応援メッセージ的なものをいただいたりして、書いてよかったなと思いました。

共感力を重視せず〈同調力〉ばかり求める社会ではYUKIのような天才は生まれない(堀裕嗣『スクールカーストの正体ーーキレイゴト抜きのいじめ対応』の書評)

東京進学校エリートたちと〈秘密結社的ハイ・ソサエティ〉――『ルポ 塾歴社会 日本のエリート教育を牛耳る「鉄緑会」と「サピックス」の正体』から

そこで今回また書評として、カーデザイナー根津孝太さんの『アイデアは敵の中にある』(中央公論新社)の紹介と感想を書いてみます。僕自身は仕事のほうで、根津さんの別の連載『カーデザインの20世紀』の編集を担当してたりしていて、以下とほぼ同内容でAmazonレビューも書いたのですが、ここではもう少し詳しめに書いたものを投稿しようと思います。

(※ちなみに、僕がこうやってレビューを書くのは、誰かに頼まれてもやっているわけではまったくなく、「この本は面白い」とか「レビューを書くことでより理解を深めたい」とか、「せっかく面白い本なのにまだレビューがない」とかそういうものに限っています。レビューを書くというのは何よりも自発的に書くのが大事だと思っています。なので、誰かに「書いてください」と頼まれて書くことはありません。)

ダイエット本と仕事論本の市場構造

まずは概略から紹介してみます。この本はトヨタを経て独立し様々なプロダクトを手掛け、現在はグッドデザイン賞の審査員も務めるカーデザイナーの根津孝太氏が、「クリエイティブなコミュニケーション」について語った本です。副題の「「結果」を出す人は、どんなコミュニケーションを心がけているか」にもあるとおり、一種の仕事論にもなっています。

世の中には仕事論の本は数多くありますし、コミュニケーション術の本もたくさんあります。多くの仕事論本は「こういうふうに心構えを変えれば、仕事はうまくいく」ということが説かれており、コミュニケーション本の多くは「こういうコミュニケーションを取ればうまくいきますよ」ということを謳っていたりします。そして売れる仕事論本、コミュニケーション本には「即効性を謳う」ということが共通しているわけですが、この構造は売れるダイエット本にも見られる特徴です。

たとえば「巻くだけダイエット」など色々なダイエット法が流行しては廃れていったわけですが、巻くバンドは、運動習慣+食事療法+メンタリティという基礎があってようやく効果を発揮するもの。しかし多くの人は「バンドを巻けば痩せるんだ、やったー!」と思って巻くだけダイエットの本を買い、家に届いたらしばらくやってみるものの、2週間ぐらい経つと飽きてきて押し入れに投げ込む、ということになってしまいます。ダイエット本、仕事本とコミュニケーション本で「即効性のありそうなものが売れる」のは、水が高いところから低いところへ流れるのと同じく極めて自然な現象なのだと思います。

一方で、この『アイデアは敵の中にある』は、そういった即時的な効能を謳うことには極めて慎重になっているのが特徴だと思われます。全編を通して非常に平易な言葉で語られていますが、実はなかなか難解な本であるのかもしれません(むしろ、であるがゆえに「じわじわと効く」ものである可能性もあるのかも)。

帯には「デフォルトの壁」という言葉が踊っています。これは要はセクショナリズムに陥りがちな現代人に立ちはだかる「他者とのコミュニケーションの壁」のような意味です。この本が他の仕事本・コミュニケーション本と一線を画するポイントをより具体的に挙げるなら、脱サラしフリーでやっている人にありがちな「セクショナリズム人間に対する愚痴」ではなく、むしろセクショナリズムに凝り固まった人の思考を自分のなかに取り込んでくことで新たな地平が開けるということ(そしてむしろ「セクショナリズムに批判的である」というセクショナリズムに自分が陥っていないかという捉え返し)を、実例を挙げて説いているところでしょう。ここではセクショナリズムに凝り固まった人どうしが理解しあい、その後にプロダクトをよりよいものへと改善していった経緯が書かれているわけです。

以下、いくつか本の中から要点を拾ってみたいと思います。

会議の三段階理論

イントロダクションで目を引くのは、「会議を踊らせる」というキーワード。曰く、「会議は踊る。されど進まず」はまだいいほうで「会議は踊らず。ゆえに進まず」ということのほうが遥かに多く出くわします。なのであれば

「会議は踊らず。ゆえに進まず」という状態から、

「会議は踊る。されど進まず」

そして「会議は踊る。そして進む」へ

という段階を踏んでいく必要がある。まずは会議でのコミュニケーションを活性化させる(会議を踊らせる)ための様々な戦略を考え実行することが重要だ、というわけですね。

日本では、聖徳太子の古くから「和をもって貴しとなす」という言葉があり、「話し合えばなんでもうまくいく」という信仰のようなものがあります。かつて山本七平が、そうした「話し合い絶対主義」では必ずしも良い選択がなされるとは限らないと指摘していました。実際に日本の「話し合い」=会議ではみなが空気を読んで、あまり生産的な議論ができず時間だけがただ浪費されるという光景がよく見られるのではないでしょうか(戦前の軍部の意思決定もまったく同じで、誰も責任を取らずにズルズルと日中戦争・太平洋戦争へと向かっていったわけです)。

かといってトップダウンで独裁者が何でも決めればいいかというと、そうとも限らなそうです。であるなら、話し合いの場をもっと生産的にするべく考えなければいけない。言われてみれば当たり前の話だが、あまり気付いていない人も多いことではないでしょうか。
「じゃあ、会議を踊らせるにはどうすればいいの?」そのためのヒントを、この本では様々な実例を挙げつつ考察しているわけです。

議論のコツ

本の中盤では、電動バイク「zecOO」のトークショーを行った際、質疑応答のときに聴衆の1人に「あなたはバイクのことが全然わかっていない!」という怒りをぶつけられた、というエピソードが紹介されています。ここで著者は、怒りに対して怒りで返すのではなく、一旦立ち止まって「ネガティブな感情のむこうには、きっとポジティブな問題意識があるはず」と考え、相手の真意を探る言葉を返したそうです。

「まず相手の言うことを否定しない。相手に勝とうとしない。相手と争わない。相手の優位に立とうとしない。素直な気持ちで話を聞いてみる」(89頁)

「でも〜」で始まるコミュニケーションはうまくいかないですよね。『スタンフォード白熱教室』のティナ・シーリグ氏も「But…」ではなく「Yes, and…」でディスカッションを始めようという趣旨のことを言っていました。しかし根津氏は、その方法を実行する上で、「素直さ」という言葉の意味をもう一度しっかりと考えてみるべきだ、ということを言っています。

「素直さ」の意味

たとえばコミュニケーションが断絶してしまうひとつのパターンとして「わからないことを「わからない」と言えない」ということがあるかと思います。その状態に対してよく処方箋として提示されるのが「わからないことをわからないと言える勇気を持ちましょう」というものです。

しかし著者は、その事自体は否定しないものの、それよりも「素直になる」ということの重要性を強調しています。「ggrks(ググれカス)」と思われた瞬間、相手とのコミュニケーションが断絶してしまう恐れがある。そうではなく、できるだけ準備をした上で、相手に「おもしろいこと言うね」と思ってもらえるだけの質問へと精度を高めることが必要で、それこそが「素直さ」であるというわけです。

これも言われてみればたしかにそうで、相手に対する敬意を持っていれば簡単な質問はしないものではないでしょうか。ところが100%自分で調べてわかるのにも時間がかかってしまいます。むしろ100%は目指さずともできる範囲で調べて、相手に敬意を持って質問できるレベルまで精度を高めるという考え方のほうがよいのかもしれません。

生産効率と管理効率

他にも、さすがにレビューで本のミソを書きすぎるのはまずいので省略しますが、「生産効率と管理効率の違い」という話も興味深いのではないかと思います。曰く、本当は生産的であることこそが良い結果をもたらすのに、現代日本は「管理」のほうが肥大化してしまい、むしろ生産性が落ちている、と。この2つは対立概念ではなく「順序」である、という考え方のほうがいいかもしれません。

ちなみに根津さんの会社「ツナグデザイン」のサイトで、本書のもとになった編集者との対話の様子が公開されています。本を読んでよくわからなかったときは、このコンテンツも読むと理解が深まるかもしれないのでリンクを付記しておきます。
http://www.znug.com/c-c-kota-kun.html

全体的に

この本は、どちらかというと意外と「優しくない」本であると思います。冒頭にも書いたとおり、言葉は平易だが言っていることを腹にまで落とし込んで理解するのには時間がかかるでしょう。

巷の平均的なコミュニケーション本は、「相手を思い通りに操ろう」という意図が含まれたものが多いです。しかし根津氏は、そういった「思いのままに操る」というのではないコミュニケーション方法を模索しているように思えます。

また、仕事論本・コミュニケーション本といえばアドラー心理学を解説した『嫌われる勇気』という本が大ベストセラーになりました。

嫌われる勇気
岸見一郎・古賀史健(2013)『嫌われる勇気』ダイヤモンド社

『嫌われる勇気』では、「課題の分離」――すごく平たく言うと「相手が自分のことをどう思うか(好かれるか嫌われるか)はコントロールできないから、そこに踏み込まない」というか、要は「他人は他人」ということを落とし込むほうがいいということが説かれているわけです。一方でこの『アイデアは敵の中にある』では、むしろ相互理解のためのコミュニケーション方法が様々に考えられている、と言えるんじゃないでしょうか。なので、むしろ(あの、同じく平易な言葉で書かれつつも難解な)『嫌われる勇気』よりも高度かもしれません。

本のテーマを非常に雑に要約するなら「何か結果を出そうとするなら、クリエイティブなコミュニケーションにこそ注力せよ」ということではないかと思います。個人的に思うのは、それは某リクル●ト的な「結果出したらみんなで賞賛して盛り上がろうね!」というものとは性質が違うのではないかということです。

そういったコミュニケーションがアップダウンの激しい「高熱」のものならば、ここではもっと微温的なコミュニケーションのほうが良いということでもあるでしょう。むしろ個人的に、仕事におけるコミュニケーションで「やりましたね!」「みんなの力だ!」というカロリーの高いコミュニケーションを繰り返していくと、やがてその会社はブラック企業になる気もしてしまいます。仕事などの他者との協業においてはむしろ、「微温的であろう」と心がけることのほうが必要かもしれません。

ちなみに、遅刻してきた女の子が開口一番、何も謝らずに「メール送ってありますよね?」と言ってきたときのエピソードも印象的です。これは普通であればイラッときそうなものです。でも、根津さんは非常に辛抱強いし、気が長い。むしろ「クリエイティブ・コミュニケータ」になるためにはそういった種類の辛抱強さ・気の長さが必要とされるんじゃないか? と思いました。

そもそも根津さん自身が気が長いのか、それとも有効なストレス解消法を確立しているのかが気になったし、むしろその秘訣を知りたい――という話を、こないだ打ち合わせでお会いしたときに聞いたのですが、「いや、そもそもストレスとは認識していないかも」とのことでした。この本に書かれていることをもうちょっと内面化し、腹に落とし込むことができれば、そもそもストレスにはならない、ということなのかなと。そうすると、やっぱり難しい本……なのかも。

(おわり)

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