コミュニケーションは「クリエイティブ」にデザインできる――『アイデアは敵の中にある』について

カルチャー

今回は、デザイナー根津孝太氏の初の単著『アイデアは敵の中にある』について。

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根津孝太(2016)『アイデアは敵の中にある』中央公論新社

ダイエット本と仕事論本の市場構造

まずはこの本の概略から紹介してみたい。

この本はトヨタを経て独立し様々なプロダクトを手掛け、現在はグッドデザイン賞の審査員も務めるカーデザイナーの根津孝太氏が、「クリエイティブなコミュニケーション」について語った本。副題の「「結果」を出す人は、どんなコミュニケーションを心がけているか」にもあるとおり、一種の仕事論にもなっている。

世の中には仕事論の本は数多くあり、コミュニケーション術の本もたくさん存在する。多くの仕事論本は「こういうふうに心構えを変えれば、仕事はうまくいく」ということが説かれており、コミュニケーション本の多くは「こういうコミュニケーションを取ればうまくいきますよ」ということを謳っている。

そして売れる仕事論本、コミュニケーション本には「即効性を謳う」ということが共通しているのだが、この構造は売れるダイエット本にも見られる特徴である。

たとえば「巻くだけダイエット」など色々なダイエット法が流行しては廃れていったが、巻くバンドは、運動習慣+食事療法+メンタリティという基礎があってようやく効果を発揮するもの。しかし多くの人は「バンドを巻けば痩せるんだ、やったー!」と思って巻くだけダイエットの本を買い、家に届いたらしばらくやってみるものの、2週間ぐらい経つと飽きてきて押し入れに投げ込む。ダイエット本、仕事本とコミュニケーション本で「即効性のありそうなものが売れる」のは、水が高いところから低いところへ流れるのと同じく極めて自然な現象だった。

一方で、この『アイデアは敵の中にある』は、そういった即時的な効能を謳うことには極めて慎重になっている。全編を通して非常に平易な言葉で語られているが、実はなかなか難解な本かもしれないと感じる(むしろ、であるがゆえに「じわじわと効く」ものである可能性もある)。

帯には「デフォルトの壁」という言葉が踊っている。これは要はセクショナリズムに陥りがちな現代人に立ちはだかる「他者とのコミュニケーションの壁」のような意味だ。この本が他の仕事本・コミュニケーション本と一線を画するポイントをより具体的に挙げるなら、脱サラしフリーでやっている人にありがちな「セクショナリズム人間に対する愚痴」ではなく、むしろセクショナリズムに凝り固まった人の思考を自分のなかに取り込んでくことで新たな地平が開けるということ(そしてむしろ「セクショナリズムに批判的である」というセクショナリズムに自分が陥っていないかという捉え返し)を、実例を挙げて説いているところだ。ここではセクショナリズムに凝り固まった人どうしが理解しあい、その後にプロダクトをよりよいものへと改善していった経緯が書かれている。

以下、いくつか本の中から要点を拾ってみたい。

会議の三段階理論

イントロダクションで目を引くのは、「会議を踊らせる」というキーワード。曰く、「会議は踊る。されど進まず」はまだいいほうで「会議は踊らず。ゆえに進まず」ということのほうが遥かに多く出くわす。なのであれば

「会議は踊らず。ゆえに進まず」という状態から、

「会議は踊る。されど進まず」

そして「会議は踊る。そして進む」へ

という段階を踏んでいく必要がある。まずは会議でのコミュニケーションを活性化させる(会議を踊らせる)ための様々な戦略を考え実行することが重要だ、というわけだ。

聖徳太子の古くから「和をもって貴しとなす」という言葉があり、「話し合えばなんでもうまくいく」という信仰のようなものがある。かつて山本七平は、そうした「話し合い絶対主義」では必ずしも良い選択がなされるとは限らないと指摘していた。

実際に日本の「話し合い」=会議ではみなが空気を読んで、あまり生産的な議論ができず時間だけがただ浪費されるという光景がよく見られる(戦前の軍部の意思決定もまったく同じで、誰も責任を取らずにズルズルと日中戦争・太平洋戦争へと向かっていった)。

かといってトップダウンで独裁者が何でも決めればいいかというと、そうとも限らない。であるなら、話し合いの場をもっと生産的にするべく考えなければいけない。言われてみれば当たり前の話だが、あまり気付いていない人も多いはずだ。

「じゃあ、会議を踊らせるにはどうすればいいの?」そのためのヒントを、この本では様々な実例を挙げつつ考察している。

議論のコツ

本の中盤では、電動バイク「zecOO」のトークショーを行った際、質疑応答のときに聴衆の1人に「あなたはバイクのことが全然わかっていない!」という怒りをぶつけられた、というエピソードが紹介されている。ここで著者は、怒りに対して怒りで返すのではなく、一旦立ち止まって「ネガティブな感情のむこうには、きっとポジティブな問題意識があるはず」と考え、相手の真意を探る言葉を返したとのこと。

「まず相手の言うことを否定しない。相手に勝とうとしない。相手と争わない。相手の優位に立とうとしない。素直な気持ちで話を聞いてみる」(89頁)

「でも〜」で始まるコミュニケーションはうまくいかない。『スタンフォード白熱教室』のティナ・シーリグ氏も「But…」ではなく「Yes, and…」でディスカッションを始めようという趣旨のことを言っていた。しかし根津氏は、その方法を実行する上で、「素直さ」という言葉の意味をもう一度しっかりと考えてみるべきだ、ということを言っている。

「素直さ」の意味

たとえばコミュニケーションが断絶してしまうひとつのパターンとして「わからないことを「わからない」と言えない」ということがある。その状態に対してよく処方箋として提示されるのが「わからないことをわからないと言える勇気を持ちましょう」というものだ。

しかし著者は、その事自体は否定しないものの、それよりも「素直になる」ということの重要性を強調しています。相手の心の中で「ggrks(ググれカス)」と思われた瞬間、相手とのコミュニケーションが断絶してしまう恐れがある。そうではなく、できるだけ準備をした上で、相手に「おもしろいこと言うね」と思ってもらえるだけの質問へと精度を高めることが必要で、それこそが「素直さ」であるという。相手に対する敬意を持っていれば簡単な質問はしないもの。ところが100%自分で調べてわかるのにも時間がかかる。むしろ100%は目指さずともできる範囲で調べて、相手に敬意を持って質問できるレベルまで精度を高めるという考え方のほうがよいということだろう。

生産効率と管理効率

他にも、さすがにレビューで本のミソを書きすぎるのはまずいので省略するが、「生産効率と管理効率の違い」という話も興味深かった。曰く、本当は生産的であることこそが良い結果をもたらすのに、現代日本は「管理」のほうが肥大化してしまい、むしろ生産性が落ちている、と。この2つは対立概念ではなく「順序」である、という考え方のほうがいいかもしれない。

ちなみに根津氏の会社「ツナグデザイン」のサイトで、本書のもとになった編集者との対話の様子が公開されている。本を読んでよくわからなかったときは、このコンテンツも読むと理解が深まるかもしれないのでリンクを付記しておきます。
http://www.znug.com/c-c-kota-kun.html

全体的に

この本は、どちらかというと意外と「優しくない」本だと感じられた。冒頭にも書いたとおり、言葉は平易だが言っていることを腹にまで落とし込んで理解するのには時間がかかる。

巷の平均的なコミュニケーション本は、「相手を思い通りに操ろう」という意図が含まれたものが多い。しかし根津氏は、そういった「思いのままに操る」というのではないコミュニケーション方法を模索しているように思える。

また、仕事論本・コミュニケーション本といえばアドラー心理学を解説した『嫌われる勇気』という本が大ベストセラーになっていた。

嫌われる勇気
岸見一郎・古賀史健(2013)『嫌われる勇気』ダイヤモンド社

『嫌われる勇気』では、「課題の分離」――平たく言うと「相手が自分のことをどう思うか(好かれるか嫌われるか)はコントロールできないから、そこに踏み込まない」、要は「他人は他人」ということを落とし込むほうがいいということが説かれている。

一方でこの『アイデアは敵の中にある』では、むしろ相互理解のためのコミュニケーション方法が様々に考えられている、と言える。なので、むしろ(あの、同じく平易な言葉で書かれつつも難解な)『嫌われる勇気』よりも高度であるかもしれないと考えられる。

本のテーマを非常に雑に要約するなら「何か結果を出そうとするなら、クリエイティブなコミュニケーションにこそ注力せよ」ということだろう。個人的に思うのは、それは某リクル●ト的な「結果出したらみんなで賞賛して盛り上がろうね!」というものとは性質が違うようにも思える。

そういったコミュニケーションがアップダウンの激しい「高熱」のものならば、ここではもっと微温的なコミュニケーションのほうが良いということだろう。むしろ仕事におけるコミュニケーションで「やりましたね!」「みんなの力だ!」というカロリーの高いコミュニケーションを繰り返していくと、やがてその会社はブラック企業になってしまいそうだ。仕事などの他者との協業においてはむしろ、「微温的であろう」と心がけることのほうが重要である可能性がある。

ちなみに、遅刻してきた女の子が開口一番、何も謝らずに「メール送ってありますよね?」と言ってきたときのエピソードも印象的だった。これは普通であればイラッときそうなものだが、根津氏は非常に辛抱強いし、気が長い。むしろ「クリエイティブ・コミュニケータ」になるためにはそういった種類の辛抱強さ・気の長さが必要とされるんじゃないか?

そもそも根津氏自身が気が長いのか、それとも有効なストレス解消法とかの問題なのか――という話を、こないだ打ち合わせでお会いしたときに聞いたところ「いや、そもそもストレスとは認識していないかもー」とのことであった。な、なんだってー。

(おわり)

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