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イランでのカウチサーフィンの思い出 | にどね研究所

イランでのカウチサーフィンの思い出

人類学

 今回はイラン滞在中に何度か活用した、カウチサーフィン(Couchsurfing)というSNSサービスの思い出について書きたいと思います。カウチサーフィンは2004年に始まったサービスで、海外旅行などをする人が、他人の家に宿泊させてもらうことを交渉することができ、交渉が成立すれば原則的に無料で泊まることができます。

 サイトではプロフィールの他、メンバー同士のレビューも書きこむことができます。ゲストもホストもこうした情報を参照することでリスクを減らすことができるわけです。

カウチサーフィンを知るまで

 私自身、バックパックを持って安宿を泊まり歩く旅行をしてきて、最初にイランを旅行したときも、そのような旅をしていました。

 最初にカウチサーフィンについて聞いたのは、2010年に初めてイランを訪れたときでした。ラシュトという都市で知り合っていろいろ親切にしてくれた人が、カウチサーフィンを自分でも使ったことがあり便利だよ、と教えてくれたのです。しかし、当時のイランではインターネットカフェに行かないとネットができないような状況で、現地で使える携帯電話も持っていなかったので、結局そのときは使わなかったのでした。

 それからイランに留学し、初めてカウチサーフィンを使ったのが2015年のことでした。友人と一緒にラシュトを旅行したときに(以前知り合った友人はこの時では別の街で暮らしていました)、カウチサーフィンでラシュトに住んでいる人を検索して出てきた人とコンタクトを取ってみました。

 ホストの人は非常に親切で、最初は1泊だけの予定だったのですが、結局2泊しました。そして、ホストの人とは以後も交流がありました。

 その後も、カウチサーフィンを使って、イラン国内の都市を週末などを利用して旅行しました。イランでは木・金が祝日なので、水曜の夜に夜行バスで出発し、金曜の夜に当地を夜行バスで出発することで、ほとんど毎日あった大学の授業も休むことなく旅行をすることができたのでした。

 ホラムアーバード、ゴルガーン、サナンダジ、マシュハド、バンダレ・アッバース、ケルマーン、デズフール、イーラーム、シャフレ・コルド、バンダレ・アンザリー、チャーバハールなどで利用し、そのうちの何名かはそのあとにももう一度泊まりに行ったり、テヘランの私の家に泊まったりと交流がありました。

イランでのカウチサーフィン宿泊の特徴

 イランでカウチサーフィンを利用したなかで宿泊の経験をいろいろ分類することができます。

 まず、イランでカウチサーフィンのホストになっている人は、海外に関心を持ち、英語を大学や語学学校などで積極的に学んでいる人が多いです。知り合った中で、イギリスやカナダの資格を取って英会話学校の先生をしている人も数人います。

バンダレ・アッバースで泊まった家では、ホストの母親がクレープのようなものを作ってくれました。旅行でやってきて街中を歩くだけでは見ることができない家庭料理を体験することもできるわけです。

 イランでのカウチサーフィン体験の特徴は、イランにはそもそも「客人もてなし文化」がありますが、それがカウチサーフィンの制度と合わさってなにか新しいものになっているということです。

 イランでは家に人を招くことが多く、親戚や友人を招くことがあります。さらには、まったく知らない旅人であっても泊めさせることがあります。そのような時、客人になにも不満がないように尽くすことがよいとされています。常に客人がおなかをすかせていないか、何か困ったことがないかを気にかけるわけです。

 また、客人といるときには、自分たち以外の人たちをまるで客人を狙っている敵であるかのように気にかけます。こうした文化的なベースがあるので、イランでのカウチサーフィンも単に家に泊まるだけではなく、客人としてホストの家族にもてなされるということが、しばしばありました。

ホラムアーバードでホストの友人の家で家庭料理をごちそうになりました。ひき肉をこねて焼いたクービーデです。

 そのような意味でホストにも、さまざまなタイプの人がいました。

 一方で、土着の客人文化の一環としてゲストを扱おうとするので、街や観光地をいろいろ連れ回してくれたり、何かと尽くしてくれるタイプの人がいました。

 こうしたタイプのホストの場合には、家族や親族の家に連れ回されて質問攻めにあって自分の時間が取れなかったり、自由に街を回らせてくれなかったり、といろいろ制約もありました。

 一方で、そんな外国人旅行者の気持ちも理解して放置してくれるホストの人もいました。昼間はホストは自分の仕事をしていたりするので、放置してくれます。そして、夜に一緒に食事をしたり、話したりします。なかにはゲストに部屋のカギまで渡してくれるホストもいました。

バンダレ・アンザリーの家庭でごちそうになったランチ
台所での調理風景も観させてもらいました。

カウチサーフィンで旅行者を泊める

 カウチサーフィンを利用していろいろな都市を訪問していた私ですが、私自身もテヘランで家を借りたときにはゲストを泊めることがありました。中国、フランス、オランダ、トルコ、オーストリア、フィンランドなどからの旅行者がいました。通常、旅行者はテヘランにはあまり滞在しないので、イラン旅行の旅程の最初か最後の滞在ということが多かったです。自分の時間があるときには、街を案内したりもしました。また、泊めたお礼に料理を作ってくれたこともありました。

狭い家でしたが、2人の別々の旅行者を泊め、イラン人の友人を呼んで一緒にディナーを食べました。

 自分も旅人としていろいろな人の世話になった経験のある身としては、同じように他の旅人の世話をしてみるというのもいいものです。マンネリ化した日常のなかで、旅人は非日常をもたらします。出身国の話やイランでの体験など、いろいろな話をしました。

 カウチサーフィンを使って泊まったり、あるいはゲストを泊めたときに重要なのが、互いのレビューを書くことです。レビューはプロファイルページに公開されるので、よっぽどひどい経験でなければいいことを書きます。お世辞のようなものとはいえ、自分のプロファイルページにいろいろな国の人からのレビューが溜まってくると、うれしいものです。

カウチサーフィンのメリット・デメリット

 旅行にはいろいろなな形があって、結論から言えばそれぞれ自分の好きなスタイルを選べばいいと思います。ただし、私自身の趣味としては、移動や宿泊でなるべくお金は節約したいし、そのぶん食事にお金をかけたり、現地で現地の人々が楽しんでいるものに触れてみたいという思いがあります。

 そういう意味で、それまでもやっていた安宿を泊まり歩く旅で、他の旅人と出会って街を散策するという旅もそれなりに興味深いものでした。しかし、カウチサーフィンで現地のホストと交流し、地元を案内してもらったり家の中を見せてもらうというのは非常に貴重な体験ができたと思っています。

 そうはいっても、先に客人への拘束が強いホストの話を書きましたが、こうした体験を経て、改めてお金を払って宿に宿泊するということの意味も再考することができました。それは、ある種の自由の対価でもあるということです。かつては極力、宿代にお金をかけずに旅行することに美学を感じてもいたので、このことは気づきでした。

 また、結局は見知らぬ人と交流するわけですから、当然トラブルのリスクがあることは踏まえないといけないでしょう。特に女性旅行者が被害に遭う事例もあると言います。その点、テヘラン大学でのドイツ人のクラスメイトの女性は、基本的に女性のホストの家に泊まることの他、実家で両親と一緒に住んでいたり、レビューを読んで、かつて女性が一人で泊まっていたかどうかなどを確認していたそうです。

 このようにいろいろとメリットやデメリットはありますが、それらを踏まえた上でならば、カウチサーフィンというのは非常に魅力的な旅行の選択肢だと思います。なお、ドイツの旅行者が、イランでカウチサーフィンを使っていろいろな家を訪問した旅行記(Stephan Orth 2015 Couchsurfing im Iran: Meine Reise hinter verschlossene Tueren)がドイツ語で出版されています。

この本を知ったのは、ケルマーンでタクシーに乗っている時に運転手が、「この本に俺が載っているんだ」と見せてくれたからでした。なお、そこではドイツ語で「非常に素晴らしいずるいやつ」と書かれていました笑

 次回は、海について書きたいと思います。

 

谷憲一のプロフィール

2022年に一橋大学より博士(社会学)。日本とイランを往復しながら人類学の研究に勤しんでいたが、このたび英国オックスフォードに滞在。趣味は料理と筋トレ。
単著☞『服従と反抗のアーシューラー』(近刊)
研究業績 ☞researchmap

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