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カレッジの共食文化からオックスフォード大学を知る(谷憲一「人類学徒のオックスフォード研究日誌」第2回) | にどね研究所

カレッジの共食文化からオックスフォード大学を知る(谷憲一「人類学徒のオックスフォード研究日誌」第2回)

人類学

 オックスフォード大学に来てから、自分にとって新鮮な概念の一つが「カレッジ」です。カレッジというと単科大学のことを思い浮かべることも多いかと思いますが、オックスフォード大学やケンブリッジ大学の場合には意味が異なっていて、まさにこれらの大学を特徴づける制度となっているのです。私自身、まだ来てから2か月たったばかりでとても「カレッジ」の全体像が見えているとは言えないのですが、調べてわかる知識と関連付けながら、自分の「カレッジ」体験を位置づけてみたいと思います。

カレッジとはなにか

 オックスフォード大学は12世紀に成立したとされています。現在のオックスフォード大学はカレッジとホールという独立の自治団体が集まってできています。ホールというのはキリスト教の宗派によって運営されています。それぞれのカレッジやホールが独自の建物、財産、運営組織を有していて、教員を採用したり、大学院生や学部生(場合によっては一部のみ)の入学を許可し、受け入れているわけです。部屋や食事の他、図書館、共通室、スポーツ施設などを提供しています。

 一方で、私たちが良く知る「大学」(the University)の仕組みもあります。大学はカレッジ間の調整機構であり、学部、学科と細分化されていきます。講義やセミナーの開講や試験、単位認定は大学が行うわけです。ポスドクの受け入れも基本的には大学が行っていて、私自身もオックスフォード・グローバル地域研究学院(Oxford School of Global and Area Studies)というところに客員研究員として所属しています。その名の通り、地域研究に特化した研究科です。

 私が所属する部署のオフィスはセントアントニー・カレッジのすぐそばに位置し、同カレッジの内部組織である中東センターのディレクターにもお世話になっているため、セントアントニー・カレッジに頻繁に出入りしています。なお、このカレッジは大学院生以上だけを受け入れています。

学生は同伴でないと入れないシニアコモンルーム。

研究生活の拠点としてのカレッジ

 セントアントニー・カレッジには大きな食堂があります。そこではランチとディナーを提供しているのですが、カレッジ生以外の人も、少し割高な料金を支払えば食事をとることができます。

 ランチは社交の場でもあります。最初に受け入れ教員と会った時もランチに招待されましたし、今でも中東センターの教員同士がランチの席で固まることが多く、よく輪に入れてもらって話を聞くようにしています。教員と学生が会って話をしたり、他カレッジの学生や研究者を招待して交流する場でもあります。

 コロナ以降に状況は少し変わっていたそうですが、私がオックスフォードに来た2023年初めの段階では、すでに食堂も解放されており、ほとんどだれもマスクを着けずに歓談しながら食事をとっていました。何人かの教員が「コロナ前に戻ったね」と話していました。

食堂でのランチ風景

 各カレッジには特色があるわけですが、セントアントニー・カレッジは「地域研究の拠点」という特徴があります。中東センターの他にもアフリカセンターやラテンアメリカセンター、日産日本研究所など、複数の地域研究のセンターがあり、学期中はそれぞれが外部から研究者を招いてセミナーを開いています。発表の後には活発な質疑応答も行われ、非常に知的刺激に満ちた環境です。

ハイテーブルでの共食文化

 先ほどランチが社交の場だということに触れましたが、学者同士の社交の場としての食事会をさらに象徴するのがハイテーブルでのディナーです。ハイテーブルというのは食堂の中で他の場所より一段高いところにテーブルがあることに由来します。ただし、セントアントニーカレッジでは高さは変わりません。

 私は来てからまだ2か月と経っていませんが、幸運なことに2回、セントアントニーカレッジとクライストチャーチというカレッジでハイテーブルでのディナーを経験できました。カレッジに雇われている教員やジュニアフェローはディナーを食べ、またゲストを招待する権利を持ちます。

 どちらの場合でも次のような進行でした。

 まず、ハイテーブルへの参加者はフォーマルな服装が求められます。特にカレッジに所属する教員はガウンを着なければなりません。夜の7時ごろにシニアコモンルームへと集まります。そこでは飲み物が提供され、参加者同士でゲストを紹介し合い歓談します。しばらくすると合図の鐘が鳴らされます。すると参加者たちは列になって食堂へと向かい、指定された席に着きます。順に食事が運ばれてくるわけですが、開始の前にはその場で最も地位が高い人によってラテン語で祈りが唱えられます。その後、歓談しながら食事をします。

セントアントニーカレッジにある、入場の時間を知らせる鐘

 クライストチャーチというカレッジは、映画『ハリー・ポッター』のロケ地になったところです。荘厳な雰囲気の空間で所属学生たちがディナーを食べています。ハイテーブルの参加者は、そこから一段高くなって区別された場所に入っていき食事をするわけです。心なしか舞台にいるような気分にもなります(もちろん学生からしたらそこまで興味はないと思いますが)。ともかく、このように食事の進行は形式ばっていて、まさに「儀礼」という言葉が当てはまるように思います。

クライストチャーチでフォーマルディナーを食す学生たち

 私にとってこのハイテーブルでの食事は新鮮でしたが、社交の場自体に慣れていないこともあり、かなり気を遣う体験でもありました。セントアントニーの場合にはほとんどが地域研究者でしたが、クライストチャーチでは、自然科学の研究者も多くいました。こうした研究者と共通の話題を持つためには、それなりの訓練が必要だと感じました。それがアカデミアの教養ということなのでしょう。そしてそれは、このような特殊な儀礼的空間が設定されて初めて維持されていくものなのだと思います。

 というわけで今回は、非常に限られた経験からカレッジについて書いてみました。また今後、もし別のカレッジの様子についても知る機会があれば、比較して得られた知見について書くことがあるかもしれません。(続く)

谷憲一のプロフィール

2022年に一橋大学より博士(社会学)。日本とイランを往復しながら人類学の研究に勤しんでいたが、このたび英国オックスフォードに滞在。趣味は料理と筋トレ。
単著☞『服従と反抗のアーシューラー』(近刊)
研究業績 ☞researchmap

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