これまでは、拙著『服従と反抗のアーシューラー』の対象であるアーシューラーの儀礼や、フィールドワークの経験についてセルフ解説を書いてきました。今回は本書の射程について、イランの宗教儀礼ついての情報を得るということを超えて、他の研究との比較を念頭に書いていきたいと思います。
人類学における比較
人類学では、「地域研究とは違って、人類学では…」ということが議論されることがあります。もちろん、それぞれの人類学者は多くの場合ある特定の地域の研究者であるわけですが、Anthropologyという語がギリシャ語でヒト(Anthropos)と学(-logy)という語から構成されていることからわかるように、人類学は「人類」について考察する学問分野なのです。
その前提には人類のさまざまな文化を比較して新たな知見をもたらすということがあります。もちろん、カントの人間学(Anthropologie)のように抽象的に人間について考察することもできるのですが、文化/社会人類学では、個別具体的な文化や社会を対象として研究が積み重ねられてきました。
いわゆる比較研究という言葉で思い浮かぶのは、AとBを比較して相違を考察する、というものです。けれども人類学における比較はさまざまな水準で行われます。前回も書いた通り、フィールドワークでは、調査者が異文化で生活するなかで、これまで当たり前に行ってきたことを自文化として客体化するようになります。これも一つの比較です。
また人類学の書き物の中では、フィールドでの個別具体的なエピソード(事例)が、他の研究と関連付けられます。それは、事例を説明する理論であることもありますし、類似した別の事例のこともあるでしょう。このようにして、ある事例を理解しようとしたり、その特徴を言語化しようとしたりするわけです。これも一つの比較です。
さらに抽象的な水準で行われる議論については、将来的に他の研究とのさらなる比較を誘発することがあるでしょう。本書も、現代イランのホセイン追悼儀礼という具体的な対象を扱っていますが、それを通じてイスラーム共和国という体制に内在する国家と宗教、ないしは政治と宗教の関係について考察しています。まずこれは、戦前の日本の国家神道についての研究との比較が可能なのではないかと考えています。
国家神道研究との類似点
国家神道について、宗教学者の島薗進さんが2010年に『国家神道と日本人』(岩波書店)という新書を出されてから、以後いくつかの研究書を出版されています。
私がちょうど修士課程に入るころ、慶應大学で指導教官だった樫尾直樹先生が自身のブログの中で、宗教研究における近年まれにみる論争だ、と評した一連のネット上のやり取りがありました。日本思想史研究の子安宣邦さんが、『国家神道と日本人』を激しく批判したのを皮切りに、島薗さんと子安さんの間で議論の応酬が繰り広げられたのです。
当時は国家神道のことも宗教研究のこともよくわからず、なんとなくその応酬を読み流していたのですが、2018年ごろに改めて読み返したときに、自分の人類学における関心と結びついた議論のポイントが見えてきました。
論点を非常に単純化して書きます。私の理解では、島薗さんの問題意識は次のようなものです。これまでの国家神道研究では、国家神道のイデオロギーを批判し、当時の日本の一般民衆がいかに騙されていたのかを暴露してきました。
けれども島薗さんは、天皇の祭祀や国体論なども含めて広義の国家神道として位置づけます。そうすると、政教分離を果たしたとされる戦後の日本でも、民衆のあいだでは別な形で国家神道は継続しているのだ、というのが島薗さんの議論です。
それに対して子安さんは、それを一般民衆によりそった国家神道の肯定ないし護教論的なものとして受け止め、これまでの国家神道批判をないがしろにするものだと憤りました。
この二つの立場はどちらにも一理あるように思えます。知識人の立場からすれば「批判」は重要です。この場合の批判とは、物事の外部に立って判断を下すことです。内部のしがらみや慣れ親しみを排除して「客観的に」評価するわけです。戦争へと突き進んでいった戦前を反省する上で、二度と歴史を繰り返すまいとの思いから国家神道を批判するという思いは非常に理解できるものです。
けれども、この連載の第一回で少し論じたように、そのように「客観的に」論じること自体が、当時の一般民衆を低く見積もることになるとも言えないでしょうか。人々は批判的な思考を持たないがために国家神道を妄信したのだと現代の視点から言ってみせるのは簡単です。ただし、なにが民衆をそのように導いたのか、それを無知と切り捨てるのではなくて、その魅力自体を探求することは意義のあることなのではないでしょうか。
このような国家神道をめぐる「島薗-子安論争」の論点は、本書の中でもなんども反復されている議論です。もっと国家神道に詳しい方が、拙著を読んで、比較を通じて新たな視点を付け加えてくださることを願っております。
権威主義体制研究との類似点
もう一つ比較の可能性について書きます。本書の「はじめに」でも少し言及したのですが、ロシア出身の人類学者アレクセイ・ユルチャクが書いた『最後のソ連世代』(みすず書房)という民族誌があります。
これはソ連崩壊前の現ロシアで生活していたユルチャクが、西欧で書かれたソ連論に反発して書いたものです。権威主義体制として分類されるソ連では、人々は、体制のイデオロギーに従順であるか、あるいはイデオロギーを嘘だとみなしながらもそれを隠して従うふりをするかのどちらかとして描かれる傾向があるといいます。そこから帰結するのは、ソ連の崩壊は後者の願いがかなったからだという、西欧の願望を投影した議論です。
けれどもユルチャクは、自らの経験に即して、そんな単純な二元論では説明できない現実があるだろうといいます。民衆はどちらともいえないような両義性を持っていて、そして、まじめにイデオロギーに従うということが逆に崩壊を進めた側面もあるのだと、ユルチャクは主張します。行為の意図と帰結は異なるというのがその理由です。善意が悪をもたらすことがあるし、悪意が善をもたらすこともあるのです。
このような民衆の両義性に着目するユルチャクの視点は、『服従と反抗のアーシューラー』でも応用されています。したがって、本書は権威主義体制と呼ばれる体制一般との比較も可能でしょう。
本書の潜在的な射程
この記事では、本書を国家神道研究や権威主義体制研究と比較する可能性について書いてきました。けれども、これ以外にも比較はあらゆるものに開かれています。英国の人類学者マリリン・ストラザーンは「無制限の比較」ということについて議論しています。
反対概念である「制限された比較」というのは、分析のために「宗教」であるとか「国家」であるとか共通する基準を設定したうえで比較することです。それに対して「統制されない比較」というのは、なにか二つのものを並べ、そこから相違点を発見していくというものです。その相違点は比較される前からそのものの中に潜在的に存在していたわけですが、比較されることによってそれが顕在化するわけです。
このように本書もまた、私が予期していないものと比較することで、なにか新しい発見が生まれるかもしれません。あらゆるテクストはさまざまな読み方に開かれています。筆者としては、多くの人に読んでいただき、そのようなコメントをもらえることが最大の喜びだと考えています。
拙著『服従と反抗のアーシューラー: 現代イランの宗教儀礼をめぐる民族誌』(法政大学出版局)は、2023年4月11日発売です。(了)
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