いよいよ2023年4月に、法政大学出版局から私の初の単著『服従と反抗のアーシューラー』(法政大学出版局)が出版されます。本書は、2022年に一橋大学大学院社会学研究科に提出した博士論文を基に、改稿したものです。
毎年、法政大学出版局は「学術図書刊行助成」という出版助成の公募を行っているのですが、昨年(2022年)10月に助成が決まり、このたび出版される運びとなりました。博論提出後に数年寝かせて大幅に改稿するのが一般的なのですが、私の場合には提出後にすぐに出版が決まったため、内容は博論と大きく変わっていません。また、6月にはオックスフォードでポスドクをすることが決まっていたので、年末までに入稿原稿を仕上げました。渡航後にゲラのやり取りを通じて完成に至りました。
この記事では本書が取り上げている内容について簡単に説明するのですが、その前にまずは、以下の動画を見てもらえればと思います(34秒の短い動画です)。
どうでしょうか? 「この迫力のある儀礼は一体何なんだ!?」と思った方も多いのではないでしょうか。そこでまずは、本書が取り上げている宗教儀礼について説明したいと思います。
アーシューラーとは?
本書の題名にもなっている「アーシューラー」は、アラビア語で「10番目」を意味するのですが、ここではイスラーム暦の第一月であるムハッラム月の10日のことを指します。西暦680年のこの日に、預言者ムハンマドのいとこで、娘婿でもあるアリーの次男であるホセインは、現在のイラクにあるカルバラーでウマイヤ朝カリフによって殺されてしまいました。
アリーの子孫こそがイスラーム共同体の指導者たるべしと考える人々にとって、ホセインは第三代イマームです。残された、後にシーア派となる人々は、不正に立ち向かったにもかかわらず殉教してしまったホセインの死を追悼するためのさまざまな儀礼(以下、ホセイン追悼儀礼)を発展させていきました。
イランではサファヴィー朝の時代にスンナ派ムスリムだった人々の多くがシーア派に改宗したのですが、この時にシーア派の儀礼は、イラン土着の儀礼とも混交しながら、新しい儀礼を発展させていったのです。この儀礼には、皆で集まってホセインの殉教の物語を聞いて涙を流す集会や、街の通りを練り歩く行進、胸を叩いて悲しみを表現するもの、鎖を体に打ち付けるもの、ホセイン殉教の物語を上演する劇や、短剣を頭に打ち付けて血を流すものなど、さまざまな種類があります。地域によってもヴァリエーションがあります。これらは「アーシューラー」の儀礼とも呼ばれます。
イスラーム共和国における儀礼の両義性
このような儀礼は、血縁や地縁に基づいた集団によって人々の間で担われます。その一方で、他の宗教にもよく見られることですが、時の権力者によって支配のために利用されることがあります。たとえばガージャール朝時代には、殉教劇を上演するための巨大な劇場がつくられたりしました。統治権力による宗教の利用は日本史でも見られ、奈良時代に聖武天皇によって東大寺大仏・大仏殿が建立された例は、よく知られているのではないでしょうか。
このように宗教儀礼一般に、民衆の自発性と支配の道具という二つの相反する特徴がみられるわけですが、民衆の自発性は時に、儀礼を用いた支配に反発したり転覆したりすることがあります。これを言い換えれば、人々を「服従」させる側面と、支配に「反抗」する側面となります。
1979年のイラン革命によって成立したイスラーム共和国という政体の下で、ホセイン追悼儀礼はいっそう統治権力によって振興されるようになり、統治を正当化するイデオロギーとも結びついてきました。たとえば1980年代のイラン・イラク戦争時には、イランは正義たるイマーム・ホセインの側にあって、サッダーム・フセイン率いるイラクはその敵であると位置付けられました。このようにホセインの殉教の物語が、イラン政府の政治的立場を正当化するために用いられます。つまり儀礼を、支配の道具とみなすことができるわけです。
ただし、それですべてが説明できるでしょうか。儀礼を支配の道具として分析するだけでは、実際に儀礼をおこなっている人々は、悪く言えば、誤った思考を強いられ自らが支配されていることにも気づかない、素朴で馬鹿な人たちということになってしまいます。しかし文化人類学という学問は、こうした高みから他者の行為を説明するような、一方的な見方を何とか乗り越えようとして議論を発展させてきました(実際にできているかどうかはまた別の話ですが)。
本書は、そんな文化人類学の訓練を受けた私が、現在のイランでフィールドワークを行って書きあげたものです。現代イランのアーシューラーの儀礼に内在する、「服従」と「反抗」という相反する側面の間の緊張関係を、具体的な事例の民族誌的な記述を通じて示しています。本書によって、ホセイン追悼儀礼や、イラン社会についての理解が深まることを願っています。
拙著『服従と反抗のアーシューラー: 現代イランの宗教儀礼をめぐる民族誌』(法政大学出版局)は、2023年4月11日発売予定です。今回の記事のようなセルフ解説は、今後ももう少し続く予定です。(了)
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