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イランのタクシー事情とSnapp!の登場について | にどね研究所

イランのタクシー事情とSnapp!の登場について

人類学

 今回はイランでの市内交通の有力な手段でもある、タクシー事情について書きたいと思います。

 私がイランを最初に訪れたのは2010年で、留学生として滞在をしたのは2013年から2017年までで、その後短期滞在を繰り返しているという感じなのですが、この私のイランでの経験の中での大きな変化の一つがタクシーです。市内交通としては地下鉄やバスなどもありますが、自分で移動する手段を持たない人にとっては有力な移動手段です。そして、2016年頃からSnapp!という、Uberに類似したスマホアプリが登場したことによって大きく状況が変わりました。

イランのタクシーの種類

 まずイランにおいてタクシーには、車体が黄色ないし緑色で塗装された市の許可を得た車と、されていない私物の乗用車があります。登録されていないものは違法扱いですので、取り締まりがあれば罰金を取られることになります。

 乗車の形態も二種類あります。一つ目は、区間が決まった路線タクシー(ハッティー)で、広場(環状交差点)間や地区にある路線タクシーの駅間などの決められた経路を走ります。また、都市間を運行するハッティーもあり、これはバスターミナルから出ています。出発地からは4人の乗客が集まると出発します。急いでいる人が埋まっていない乗客の分を肩代わりして出発することもあります。

 ハッティーは経路上であればどこでも降りることができます。また、空きがある場合には、経路上で新たな乗客を乗せることもあります。大きな通りで道沿いに立っていると止まる車があり、乗りたい人はそこで目的地となる広場の名前などを伝えてドライバーの行先と合致すれば、乗ることができます。ハッティーでの支払いは少額ですので、コインや小額紙幣が必要になります。基本的にドライバーは、おつりが大量に必要な高額紙幣で支払われることを嫌がります。

 ちなみに、席に座るときにジェンダーが問題になることがあります。基本的に乗った順に奥に詰めていくことになりますが、後ろの席で男性2人の間に女性が挟まれるようなことは避けられます。その場合、女性は端に座ります。異性間の身体的な接触を気にする人は、自分のバッグを間に挟む人もいます。

客待ちする路線タクシー

 二つ目はダルバストと呼ばれ、車体を借り切って好きな区間を移動するというものです(こちらは日本のタクシーのイメージに近いでしょう)。営業形態も二種類あり、アージャンスと呼ばれる、タクシーのオフィスが地区ごとにあります。ドライバーはそこに登録しておくと、客からアージャンスに依頼があったときに仕事を振られるようになっているのです。夕食時に人の家にお呼ばれした際などに、帰ることを家主に伝えるとアージャンスに電話をして配車してもらうということがありました。

 あとは、ダルバストの客引きは路上にもいます。場合によっては何時間も客引きをしている場合もあるので、ドライバーもそれなりに高い値段を吹っかけてきます。急ぎでやむを得ない場合は別ですが、こういうタクシーには乗らないのが吉です。

 さて、このようにタクシーをパターン分けして書いてきましたが、苦学生でもあったため、タクシーに乗る機会というのはほとんど限られていました(当時はダルバストで市内移動で大体700~900円くらい?)。ハッティーなどは大学に行くときなどに急いでいれば乗ったりもしましたが、基本的には路線バスや地下鉄を駆使していました。しかし……。

タクシーアプリSnappの登場

 大きな変化が起きたのは、2016年頃でした。Snapp!というアプリケーションが登場したのです。スナップと読めますが、イランで「エスナップ」と言います。なんでもUberを移植したものらしいです。Snapp!のCEOはイラン人ではなく、今ではSnapp Foodなど食事や買い物の宅配サービスや各種チケット予約など様々なサービスを展開しています(競合アプリとしてTap30(タップスィー)というものもありますが、こちらの方は使ったことがないのでよくわかりません。結局ドライバーは両方に登録していたりするらしいです)。

 Snapp!の使い方は簡単で、最初に電話番号を登録するだけです。名前や自宅住所などを登録しておくと使いやすくなります。地図に出発地と目的地を入力すると、Snapp!に登録しているドライバーが仕事を引き受け、電話がかかってきます(ピンを刺したところに来てもらえればいいのですが、電話で話すことを好む人は多いです。その点、ペルシャ語が分からないとちょっと困るかもしれません……)。そして、細かい場所などをドライバーに伝えれば目的地まで連れて行ってくれます。支払いは Snapp! に銀行のキャッシュカードからチャージすることもできるし、現金で直接ドライバーに支払うこともできます。

登録したe-mailに送られてくる搭乗記録の画像

 Snapp!の登場でタクシー事情は大きく変わりました。まず、値段の相場が従来のアージャンスのタクシーを呼ぶ場合に比べて大体3分の2になったのです。そして、どこでも呼ぶことができるようなりました。これはタクシー業界にとって非常に大きな変化です。交差点でダルバストを呼び掛けるタクシーに乗る必要もなくなり、人の家にお邪魔したときにもアージャンスに電話をする必要がなくなったわけです。そしてまた、交渉の手間もなくなったというのも大きいでしょう。ドライバーに問題がある場合にはSnapp!に連絡することもできるというのも利点です。

 そういうわけで、そのあとにイランを訪れたときには、イランの通貨価値が下がっていたということもあり、Snapp!に乗りまくって市内を移動していました(当時のレートで一回300円に満たない値段で乗れました)。

 Snapp!は当初テヘランだけだったのですが、次第に他の都市でも使えるようになってきています。そもそもテヘランとほかの都市でタクシーの値段の差に大きな差があったのに、Snapp!の登場によって、地方都市ではこんなに安くていいんですかと思うような値段でタクシーに乗ることができるようになりました。また、イランの玄関口でもあるエマーム・ホメイニー国際空港から街に出るときにも、以前はそれしか手段のなかった空港タクシーよりもはるかに安い値段で市内に出ることができるようになりました。

 Snapp!の登場で、それまでタクシードライバーを生業としていなかった人の中でも小金稼ぎでタクシーを始める人が出てきました。私の大学の友人でも中古で車を購入しSnapp!で稼いでいた人がいます。また、あるときにはかなり年配のおじいちゃんドライバーにも遭遇し、その年になっても働かなければならないということに心を痛めたこともありました。

 このように、 Snapp! の登場というのは、イランにそれなりにいたからこそ経験できた、大きな変化だと思います。 今後もどういった変化があるのかが楽しみであります。

 というわけで、次回はテヘランの南にある古い都市、シャフレ・レイについて書きたいと思います。

谷憲一のプロフィール

2022年に一橋大学より博士(社会学)。日本とイランを往復しながら人類学の研究に勤しんでいたが、このたび英国オックスフォードに滞在。趣味は料理と筋トレ。
単著☞『服従と反抗のアーシューラー』(近刊)
研究業績 ☞researchmap

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