「抽象化された情報」についてのメモ

アイデア

お役立ち記事、のような情報に関して以前からぼんやりとモヤッとすることがある。

たとえばライティングや編集に関して「コツを教えてほしい!」と言われてそういう記事を書いたり、スライドなどで抽象化したりして伝えたりする。そのときにたしかに自分にとっては、「ああ、自分はこういうことをやっていたんだな」という抽象化の機会にはなる。それで、人に伝わりやすい情報に変換することができて、人には喜んでもらえるということがある。

ただ、それはあくまで「自分」の試行錯誤のプロセスのなかで生まれた知識であって、結果として得られた抽象化された情報に価値があるように(人からは)思われがちだが、ちょっと違うように思う。

おそらく、試行錯誤のプロセスのほうが大事であって、「じゃあそのときに自分はなぜその試行錯誤をしようと思ったのか?」という心理の再現をちゃんとすることのほうが重要かもしれない。

「この人とのやりとりで、これこれこういうことがあって、だからこういう試行錯誤をすることになって、結果としてこういうことがわかった」というようなもの。最終的な結果、抽象化された情報は、価値がゼロだとまでは思わないけれど、”そこ”は「みんな」が思っているほど重要ではない。

そもそも、個人的には「プロセスをすっ飛ばして結果の正解だけ知りたい」と思うことがあまりない。

むしろプロセスの部分、「なぜそれをしようと思ったのか」の動機、とっかかりの部分と、そこからプロセスがシミュレーションできたほうが、自分にとってはありがたいと感じる。

「自分というインターフェース」を通して感じたことを語る。もしくは、「Aさんというインターフェース」のことを知った上で、そのインターフェースでAさんがどのように感じ、どのように考えて、どうアクションしたのか、を知るということのほうが、よほどリッチな情報だと思う。

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