【ミリタリーツーリズム日記・その1】防衛省市ヶ谷台見学ツアー&靖国神社遊就館に行ってみた

社会科学・人文科学

8月は戦争の記憶を振り返る季節ということで、メディアでは戦争関連の番組や記事が数多く公開されています。なかでも日本軍事史上最大の愚行ともいわれる「インパール作戦」をテーマにし、8月15日に放映されたNHKスペシャル「戦慄の記録 インパール」は、インターネット上ではかなり話題になっていました。僕も録画で視聴したのですが、「NHKの本気を見た」という感想を持ちました。

稲田朋美氏の防衛大臣辞任、北朝鮮ミサイル関連のニュースなど、防衛や安全保障に関する話題は数多い昨今ですが、僕は自分の仕事のこともあり戦前の日本社会史について改めて勉強しているところです。しかし戦前の社会史を知る上で、結局のところ戦前の日本は「軍事」を中心に回っていたので国家体制について知らなければならず、戦前と戦後がどれぐらい連続、はたまた断絶しているのか、そもそも戦前昭和の国家体制の淵源は明治時代にあるのではないか、ということも考えないといけない――というわけで、「ミリタリー」になぜか関心が向かっています。

防衛省ツアーの目玉は、東京裁判も行われた「市ヶ谷記念館」

防衛省や自衛隊関連のサイトを見ていると、季節によらず様々なイベントが行われています。そんななかで「防衛省市ヶ谷台見学ツアー」というものが行われているということを知り、友人たちと参加してきました。

防衛省・自衛隊:市ヶ谷地区見学(市ヶ谷台ツアー)の御案内
※この「市ヶ谷台ツアー」は基本的に平日催行なのですが、休日に行われることもあり、その場合は抽選です。僕は今年6月に行われた休日特別開催に抽選で申し込みました。今年の休日開催は終わってしまったので、もしこれから行く場合は平日に行くしかなさそうです。

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休日の朝早く、我々は市ヶ谷駅から徒歩数分の防衛省前に集合しました。受付で身分証のチェックなどがあり、終われば中に入ることができます。最初は「ミリタリー的に気合の入った人々が多いのではないか……」と心配していたのですが、集まった参加者のみなさんはなんとなく、客層的には「ブラタモリ」とかが好きな人、という感じでした。男女比は、女性が半数強いたのではないかと。家族連れも複数参加しており、ガチムチの軍事的な人は全然いませんでした。

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▲防衛省内に展示されているヘリコプター。中に入って操縦桿を握ることもできる。

防衛省の人に案内されて省内の建物を見て回るのですが、この「市ヶ谷台ツアー」の目玉はなんといっても「市ヶ谷記念館」です。戦前は陸軍士官学校、その後は陸軍省・大本営陸軍部・参謀本部となって戦争指導が行われ、終戦後は東京裁判が行われたという歴史的な建物です。戦後しばらく防衛庁(当時はまだ省になっていない)は六本木の、今は東京ミッドタウンになっている場所にあったわけですが、2000年に市ヶ谷への移転が行われ、それに伴ってもともと市ヶ谷地区にあったこの建物も改築・移転され今の場所におさまりました。

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▲市ヶ谷記念館。みんなが写真を撮っていました。そしてこのあと、なぜか参加者全員での記念撮影などもにこやかに行われました。

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▲東京裁判が行われた市ヶ谷記念館の内部。撮影OKとのこと。

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By 写真秘録『東京裁判』、講談社、第1刷 – http://www.tante2.com/tokyosaiban-tenno-d.htm, パブリック・ドメイン, Link

市ヶ谷記念館は中に入ることもできます。戦前は昭和天皇もよく行事などで来ていたらしく、奥に見えるのは天皇の玉座だそうです。係の人の説明では、階段の作り方など、天皇に対する配慮が「そこまでする!?」というぐらいに半端ないことが強調されていました。ある種、「天皇はアイドルだったんだな……」ということがよくわかります。そういえば岡本喜八監督による名作映画『日本のいちばん長い日』(「宮城(きゅうじょう)事件」という、玉音放送直前の陸軍の一部によるクーデター未遂事件を扱った作品)でも、天皇への「そこまでする!?」的配慮が随所に描かれていましたが、現実に即した描写だったことがよくわかりました。

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▲『日本のいちばん長い日』(監督:岡本喜八 出演:三船敏郎, 加山雄三, 黒沢年男, 小林桂樹ほか 1967年公開)<Amazonビデオに飛びます>

館内にはいくつかの展示物もありました。クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』で渡辺謙が演じた栗林中将の絵手紙も展示されています。

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▲『硫黄島からの手紙』(監督:クリント・イーストウッド 出演:渡辺謙, 二宮和也, 伊原剛志, 加瀬亮ほか 2006年公開)この映画はAmazonプライム会員であれば無料で観れますし、映画全体としても非常に素晴らしい内容なのでおすすめです。

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▲栗林中将が息子に送っていた絵手紙。めちゃくちゃ絵が上手い。

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▲明治時代の軍服も展示されています。機能的、コスト的にはあまりよくないかもしれないですが、我々がイメージする太平洋戦争時のカーキ色の日本兵の軍服とは違った洋風のデザインです。

そしてこの市ヶ谷記念館は東京裁判の舞台であるとともに、三島由紀夫が立て籠もって憲法改正のための自衛隊の決起を呼びかけ、その後割腹自殺したあの有名な「三島事件」の舞台でもあるわけです。この場所はもしかしたら、「失われし日本のマッチョイズムの象徴」という意味性も帯びているのかもしれません。建物の二階には三島たちが立て籠もった部屋がそのまま保存されており、ドアには三島たちの乱闘時についた生々しい刀傷が残されています。

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▲三島由紀夫ら「楯の会」が残した刀傷。

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▲同じ部屋には、陸軍士官学校時代や大本営陸軍部の標札も展示されていた。

このあと、防衛省内の他の建物を見て回りました。どれも近代的な建物で、コンビニやスターバックス、物販などもありました。物販ではブルーインパルスをはじめとした自衛隊関連グッズなども売られていました。

そして最後に、これまでに殉職した自衛隊員の慰霊碑がある「メモリアルゾーン」を見学。説明を聞いていて驚いたのが、警察予備隊設置以来、自衛隊の殉職者数はなんと2000名近くにものぼるということです。多くは訓練中の事故などで亡くなっているそうですが、イラクやスーダンへの派遣隊員のその後のこともありますし、私たちはそのあたりの実態をよくわかっていないのかもしれません。

全般的には、防衛省・自衛隊は今でも戦前の日本軍への思いを強く持っているという印象を受けました。もちろん歴史的な建物・事物を保存することは大事だと思うのですが、米国の強い影響下にある戦後日本の防衛省では、何か「自分たちの思いをストレートに表現することができない」という抑圧された感覚があるように感じました。戦前日本軍の記憶、そして東京裁判の記憶を封じ込めた場所が、防衛省内に大切に保存されている――そのこと自体がある種、戦後日本の写し絵であるようにも思えたわけです。

戦争や植民地支配の記憶が残る建物をどうするかという点では、たとえば韓国では朝鮮総督府の建物が完全に解体された一方で、台湾では旧台湾総督府庁舎がそのまま中華民国総統府として活用されていたりします。今回、市ヶ谷記念館を見学してみて、建物自体には何のイデオロギー性もなくても、否応なく何らかの記憶を呼び起こしてしまうという、そういう機能が建築物にはあるんだな、ということを感じました。

見学ツアー終了後はなぜか靖国神社遊就館へ

午前中からの2時間弱の見学を終えタイ料理屋で一息ついたのですが、意識の高い平和学習勢である我々は、まだお昼前でもあったので「せっかくだから靖国神社の遊就館に行こう!」ということになりました。僕自身はこれまで物見遊山で靖国神社に行ったことはあったのですが、「大東亜戦争」関連展示で名高い歴史資料館「遊就館」には、「なんかこわい」という感じで入ることができていませんでした。

靖国神社は市ヶ谷駅をはさんで防衛省から反対側にあるので歩いて行ける距離です。ということで、まずは靖国神社の拝殿へ。

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▲6月にもかかわらず当日は天気にも恵まれており、まるで盛夏のようでした。

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▲拝殿から遊就館に向かうルートの途中には特攻兵士の像も。たくさんの供え物が置かれていました。このスペースには他にも、東京裁判で裁判自体の不当性を主張したことで有名なインド人のパール判事の顕彰碑もありました。パール判事、こういう場では非常に人気がありますね……。

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▲遊就館内部に入るとさっそく零戦が。

遊就館はなんとなく「靖国史観」を提示するエクストリームな場所、というイメージを持っていたのですが、さすがに寄付されている資料が非常に多いためか、歴史資料館としてかなり充実した展示でした。昔の武士の様子から、明治維新・西南戦争・日清戦争・日露戦争・満州事変・支那事変(日中戦争)・大東亜戦争(太平洋戦争)に至るまで、日本の軍事史を一覧できるという内容です。わりと盛りだくさんなのでじっくり見たら1〜2時間はかかりそう。「靖国史観」的なものは、ときおり顔をのぞかせますが、単なる事実の描写も多いのでけっこう勉強になりました。

そしてひととおり資料の展示を見終わると、兵器の展示スペースがあります。これがけっこうすごかった。

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▲海軍が開発した日本軍初の特攻兵器「人間魚雷・回天」。国内では唯一の実物だそう。

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▲天井には、こちらも海軍の開発した特攻専用の航空機「桜花」が吊り下げられている。

さすがに長々と戦争関連展示を見て、さらに特攻兵器まで見るとMPが相当削られます。この文章を書いている段階でも、思い出すだけでけっこう心に来ます。

「戦没野球人」コーナーに感じた矛盾

ちなみに遊就館の一階には、靖国に祀られているすべての人の写真が並べられているんですが、個人的に印象的だったのは「戦没野球人」というコーナーがあるんですね。他のスポーツ選手のコーナーもあるのですが、そちらは「スポーツ選手」ということでひとまとめにされているのに、プロ野球選手をはじめとした「戦没野球人」のコーナーは独立していて、特別な扱いを受けているわけです。

考えてみるとこれは変な話で、よく知られているように戦前、野球は政府・軍部によって弾圧されており、特にプロ野球選手は学生野球選手よりも下に見られていたこともあって、軍隊内でいじめに遭うということもあったようです。「野球なんていう遊びで金を稼いでいたとはけしからん」というわけです。ちなみに戦前は野球が弾圧されていたのと対照的に、剣道や柔道などの「武道」には高い評価が与えられていました。なぜかというと野球のように敵国アメリカ由来のものではなく、「日本古来」のものだからです。

一方、遊就館では「戦没野球人」のコーナーが別個に設けられている。これはやはり、あくまでも戦後から戦前を振り返った視点であって、戦前当時の社会風潮をある種、無視しているとも言えます。この点に関して言えば、遊就館の展示は「戦後に野球(特にプロ野球)が国民的スポーツになった後」の視点から、戦没野球人のコーナーを設置しているのではないかと感じました。遊就館のコンセプトは「戦後ではなく、戦前当時の歴史感覚を大事にする」というものだと僕は受け取りましたが、そのあたりは矛盾しているのではないか?と思ったわけです。僕が気づいた矛盾はそれぐらいなのですが、戦前戦後の社会感覚に照らしたとき、他にももしかしたら矛盾があるのでは?という疑念が最後に出てきました。

おわりに

というわけで、防衛省市ヶ谷台見学ツアーと靖国神社・遊就館について振り返ってみました。やはり、現地に行ってみて初めて気づくことも多かったように思います。日本の「ミリタリー」や国家主義に関する見学は、この後もいくつか機会があったので行きました。今後も時間があればそれについて書いてみたいと思います。次は、坂本龍馬や木戸孝允などの維新志士を祀っている京都の「霊山護国神社」、そしてあまり知られていない場所だと思うのですが天皇家の菩提寺である「泉涌寺(せんにゅうじ)」に行ったときのことを書いてみる予定です。

(おわり)

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