【試作版】ゲームとスポーツの文化史を書いてみた〜サッカーの「高度成長」とウイイレ、モンハンとゲーム的快楽〜

■「バブルで上げ底されたプロ野球」としての90年代Jリーグブーム

少し前に財政が潤沢だったときに、はずみでPS4を買ってしまった。書くと長くなるのだが僕はもともとテレビゲームが大好きであり、小学生のときは「ファミ通」と「電撃PlayStation」を欠かさず愛読しており、その後に色んな雑誌を読むようになったのはゲーム雑誌がきっかけである。中学校から野球を始めたのも「ワールドスタジアムEX」や「実況パワフルプロ野球」などの野球ゲームにはまっていたことが原因で、自分でもやってみたくなったことによる。

中学に入っても「リッジレーサー」「バイオハザード」「メタルギアソリッド」「パラッパラッパー」といった初期プレステの名作はやっていたのだが、その当時、サッカーが熱かった。

Jリーグが開幕した93年頃は小学生だったのだがこのときはマスコミ主導の「流行りもの」の感が強く、僕自身もサッカーも遊びでやってはいたのだが、運動神経がない上にサッカー習ってる勢との実力の差があまりにも激しかったのですぐにやらなくなって、サッカーははっきり言って嫌いだった。
このときJリーグで注目されていたのはヴェルディ川崎のカズ、ラモス瑠偉や横浜マリノスの井原正巳といった選手だった。当時のJリーグというのはバブルの落とし子のような存在で、昭和のプロ野球にバブルの派手さを掛けあわせたような奇妙な文化であった。当時の小学生の間ではプロ野球チップスならぬ「Jリーグチップス」が流行っていたりして、まだまだサッカーが昭和プロ野球の影響下にあった時代だと思う。サッカーはある意味、「バブルで上げ底されたプロ野球」だった。

■サッカーの「高度成長」とウイニングイレブンシリーズ

ところが、96年のアトランタ五輪で「マイアミの奇跡」と言われる日本代表がブラジル代表に勝つという大金星を生で見てしまった。(兄がサッカー部だったので一緒に起きて観戦していた)
このとき、前園真聖、中田英寿、川口能活、城彰二といった、それまでの「プロ野球スターの延長」のようなサッカースターではない、初めて「サッカー選手らしい新しいスター選手」が登場していたことも大変魅力的に見えた。
すぐあとのW杯フランス大会のアジア予選も熱かった。なかでも代表監督だった加茂周のアジア最終予選途中での電撃更迭と岡田武史の昇格は大変衝撃的な事件だった。アジア最終予選ではここまで1勝1敗2分けと苦戦していたのだが、まだ最終予選の半分しか終わっていない段階での途中解任はサッカー日本代表の歴史上初めてのことで、「日本サッカー協会はここまでするのか」という、国内だけで完結しているプロ野球の「ぬるさ」と比べると段違いの本気度が伝わってきた。「サッカー、すげえ」「ガチじゃん」という驚きがあったのである。

さらに1998年の本大会では日本サッカーの象徴であったカズがメンバーから外され、代わって当時まだ21歳の中田英寿がその座についた。しかし世論の期待をよそに日本代表は3戦全敗、現実には日本は『キャプテン翼』のように世界で勝てることはなく、まだま発展途上であることが露呈された。
しかし、続く99年のワールドユース(20歳以下)では小野伸二、本山雅志、高原直泰、稲本潤一、遠藤保仁らのいわゆる「黄金世代」が登場してなんと準優勝。その黄金世代に1~2歳年長の中田英寿・中村俊輔が合流したシドニー五輪は、「23歳以下」という縛りにも関わらずほとんどA代表と遜色ないメンバーで構成され、ここでもベスト16入りを果たした。

こういった96年から2002年の日韓W杯に至るサッカーの「高度成長」の時期に、ゲームの世界でも地殻変動が起こった。それが「ウイニングイレブン」シリーズの登場である。
僕が最初にウイニングイレブンにはまったのは97年の「Jリーグ実況ウイニングイレブン97」であった。それまではサッカーゲームは黎明期で、「スーパーフォーメーションサッカー」シリーズなどもあったがまだまだ未完成で、このウイイレの登場で本格的にサッカーゲームという市場が開いた。ちなみにウイイレ97は2作目に当たる。

ウイイレ97
Jリーグ実況ウイニングイレブン97(KONAMI)

そして98年のフランスW杯時には「ワールドサッカー実況ウイニングイレブン3 ワールドカップ フランス’98」が登場し、Jリーグではなく世界のサッカーをプレイできるという状況になった。僕も「ワールドサッカーウイニングイレブン3」以降は2000年代半ばまでは全作プレイした。
当時の現実のサッカーの上げ潮ブームとともに、ウイイレシリーズは成長していったわけである。

ウイイレ8
ワールドサッカーウイニングイレブン8 ライブウェアエボリューション(KONAMI)

ゲームとはそもそも虚構の世界のものなのだが、ウイイレシリーズは「現実とリンクしている」。そこがこのゲームの、ゲームとしての魅力のひとつであった。

■見落とされがちな、ウイイレと「モンスターハンター」の関係

実はスポーツゲームとして見たとき、ウイイレは段違いの完成度を持っていた。同じスポーツゲームでも実況パワフルプロ野球シリーズと比べると「サッカーをプレーする」という快楽の再現度が高いのである。
野球はたとえば「変化球を打つ」というのはゲームでやろうとするとなかなか難しい。現実のほうが簡単なぐらいである。代わりにパワプロは「サクセスモード」という育成モードで、プロ野球選手になっていく過程を代理体験させる方向に舵を切ることになった。「ボタンを押して上手く操作する」というゲームそのものの快楽ではなく、ある意味では育成シュミレーションゲームやRPG、恋愛シュミレーションゲームの手法を採り入れていったといえる。実際、パワプロの開発陣はサクセスモードについて、同時代の恋愛シュミレーションゲームである「ときめきメモリアル」の影響を公言している。

『実況パワフルプロ野球』シリーズ歴代クリエイター座談会! 『パワプロ』職人たちの開発秘話が満載【完全版】(1/3) – ファミ通.com

しかしウイイレシリーズは「ボタンを押して操作する」というゲームそのものの快楽を高める方向性を追求していた。これはおそらく「音ゲー」のようなプリミティブなゲーム的快楽を追求する方向性と同じである。
同時にウイイレはパーティーゲームとしての機能も持っていて、僕も中高生時代は野球部員を中心に集まってウイイレ大会を盛んに開催し、やがては現実に学校のハンドボールコートを使って時間さえあればフットサルに興じるようになり、高2の段階ではついに野球部の監督により「フットサル禁止令」が出される事態にまで発展した。

ウイイレを文化史のなかで位置づける際に見落とされている点として、「プリミティブなゲーム的快楽の追求」や「パーティーゲームとしての側面」があるが、これは実は2000年代後半の「モンスターハンター」シリーズを基礎づけていた。「モンハン」のプロデューサーである田中剛氏も、「ウイイレ」シリーズの影響を語っている。

5日間連続! 著名クリエーターが洋ゲーを語る! 第4回目は田中剛氏 – ファミ通.com 

モンハンもウイイレ同様、ストーリーのようなものはないが「ゲームの操作自体が楽しい」。またウイイレは基本的に「男子文化」だったのだが、モンハンはそこに女子も入れるように様々な調整を行ったことで、あれだけ社会現象ともいえるブームになったとも言えるかもしれない。

…といった感じで、ゲームとスポーツの文化史を自分の経験と照らしあわせて書いてみた。要はゲームとスポーツのつながりを考えるとき、「ゲームの操作そのものに内在する快楽」と「コミュニケーションの快楽」が得られる、というのが重要ではないかという話である。そしてこの仕組みを考えたとき、そこにRPGのような「物語」が介在する余地がないという点も重要である。さらに言ってしまえば、2000年代以降の文化を考える際、京アニ由来のアニメブームであったり、2010年代以降のアイドルブームを基礎づけていた「物語」という観点が、こういったゲームとスポーツの関係のなかには存在していない。ここをどう位置づけるかが実は面白いのではないかと思う。
次は時間があればゲーミフィケーションとメンタルトレーニング、さらにはゲームとしての身体観について整理してみたいと思う。なぜスポーツはゲームなのか?という点について考えてみたい。

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